小説『人間きょうふ症』35

  音楽を久しぶりに聴きたくなった。今度、蓄音機が置かれている喫茶店に行こうか。きっと、人生を生きるためのインスピレーションが生まれてくる。そう期待し、息抜きをしに行ってきた。
 チャリン。ドアを開けると、ベルが聞こえた。席には誰も座っていないガラ空きの喫茶店であった。
 「いらっしゃい。お前さんみたいな若い女の子が来るようなところでないけど、大丈夫かい?」
 カウンターでコップを拭いながら、一人の年配の男性が話し出す。おそらくその人がマスターなのだろう。
 「えぇ。間違ってはいません。蓄音機がここにあるって口コミで聞いて、気になったんです。」
 「そうじゃったのかい。あの蓄音機はのぅ、わしが妻と結婚するときに親戚からお祝いとしてもらったものじゃ。」
 「へー。結構高そうですね。にしても懐かしいなあ。」
 「さてはお前さん、詳しそうじゃね。」
 「ま、まあ。過去に音楽を聞いていた頃を思い出してて。」
 「その話、詳しく聞かせてくれんか?」
 喫茶店のお爺さんは好奇心旺盛なのか、耳を傾けようとしてくれた。私の話を聞いてくれるんだとさ。なんの取り柄もない、こんな私から。本当に不思議で不思議で仕方ないんですよね。

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