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お彼岸、故人に思いを馳せて- じいちゃんから教わったこと

お金なんて巡り巡ってまた取り戻せる。だけど機会だけは返ってこない。だから無駄にしてはいけないよ。

じいちゃんが昔聞かせてくれた、僕が大切にしている言葉。

先日、3月21日はお彼岸のお中日であり、じいちゃんの命日でした。

(創間と祖父)

機会」とは言い換えれば時間、タイミング、チャンス。何物にも代え難い、一度逃したら取り戻せないかけがえのないもの。

この教えは、僕がセラピストとして日々働く上でも活きています。


どんなに香しい花を飾ったりどんなに素晴らしい戒名をもらうよりも、故人に思いを馳せるのが一番の供養だと僕は思っています。

忘れずに心の中で会いに行く」お彼岸は、それが一番近づく時。

生きていている僕らにとっても香しい花や地位や名誉は嬉しいですが、それ以上に「あなたを忘れずに見守っているからね」という思いは心安らかにしてくれますね。

そんなことを思いながら、今年も心の中で会ってきたじいちゃんが残してくれた思い出を併せて綴ってみました。

戦時中を生き抜いたじいちゃんの壮絶な体験

じいちゃんは戦争の頃の話をあまりしてくれなかった。

でもしてくれた時は苦しそうだった。しばらくずっと。きっとすごいトラウマだったのだろう。

銃弾や爆弾の音、正気を失い泣きながら歌う戦友、飛び散る血と肉片、餓え、恐怖。

話してくれたことは凄惨だった。

でも、それでも話してくれたのは僕らの世代に伝えなきゃいけないと思ったからだと思う。どんな思想、大義や美化があっても戦争ってのはこうだって。

幼い妹と年老いた両親を置いたまま戦地に赴いたじいちゃん。どんな気持ちだっただろう。

じいちゃんが生きて帰らなければ僕はここにはいない。

もし今の自分がそれを聞いたとしたら、少しでもじいちゃんの心を楽にしてあげたいと感じたことだろう。セラピストとしての心の知識とスキルを使って。

だけど、少年だった僕はそれが怖いとしか思えなかった。じいちゃんがそんなことをしていたのだと信じられなかった。受け容れられなかった。

晩年のこと

じいちゃんは晩年神様みたいな認知症だった。暴言もなく福祉施設で日々を送っていた。

しかし、ふいに介護士さんが目を離した隙に車椅子で転倒。大腿骨を折ってから瞬く間に弱って旅立ってしまった。

介護施設の方々は全員整列して陳謝してくれたけど、預けてお願いしている家族としては何も言えなかった。

息を引き取って間もない頃、じいちゃんが大好きでよく歌っていた「赤城の子守唄」を最期に耳に当てて聞かせてあげた。

人生最後の感覚は聴覚というのは本当なんだろうか。信じたい気持ちでじいちゃんを送った記憶がある。もう今年(2023年)で8年になる。

生前じいちゃんが僕の誕生日にくれた宝物

掛け軸。

オンラインで僕の心理セラピーセッションを受けてくださっている方は、後ろに飾ってあるのをご覧になったことがあるかもしれませんね。

「仰いで天をうかがい、うつむいて地を眺めればいかなる凡庸な人でもその一端を知ることはできる。しかし陰を明らかにして陽に通じようとすれば、賢人哲人もその深遠なる道のりを極めることは非常にまれである」

(創間の地元、群馬県にて。菜の花と妙義山)

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