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読書記録 カルロ・ロヴェッリ「時間は存在しない」

僕はアイザック・ニュートン先生の優秀な生徒だった。高校生の時の話だ。他の科目はサッパリだったが、理系選抜クラスの中でも1, 2を争うほど物理の成績だけは良く、習う内容はほぼ理解していた(同じ理系科目でも化学は大の苦手だった)。

今はどうだか知らないが、高校で習うのはニュートンの物理学だった。最も偉大な科学者のひとりであるニュートン先生が17世紀に確立したシンプルで美しい理論だ。一般人にも理解しやすい。

その勢いで大学も物理学科に進んだが(早大理工と東工大は落ちたので、仕方なく地元の国立大学に進学した。受験勉強が死ぬほど嫌いだったので、浪人する気はさらさら無かった)、高校時代とは打って変わって、大学で習う物理学は1%くらいしか理解出来なかった。つまり僕の頭は17世紀の理論しか理解出来なかった、その後に物理学の理論を次々と更新したアインシュタインやシュレーディンガー、ハイゼンベルクたちの優秀な生徒にはなれなかった、という訳だ。

ちなみに僕より遥かに頭の良い弟は、(僕に言わせれば)すんなりと早大理工に合格し、その後アメリカの大学院で物理学の Ph.D を取った。

高校生の頃から宇宙物理学が好きだった。厳密にはそれは学問と呼べるものではなく、一般向けの読み物に過ぎなかったのだが。とりわけ惹かれたは、そのスケールの大きさ(あるいは小ささ)である。

まず宇宙が途方もなく大きい。その巨大さに思いを馳せる時、自分の抱えている悩みなど、本当にちっぽけなものに感じる。もちろん自分の存在自体も、宇宙の歴史(現在の宇宙が生まれたのは約138億年前と考えられている。そしてその時に発せられた光は、今もハワイ島などにある大型望遠鏡で観測できる)と大きさからすれば、ゴミ以下もいいところ、チリですら無い。

スケールの大きさに興奮を覚える一方で、そうした虚しさを感じる訳だが、僕が高校2年の時に勉強をまったくしなくなったのは、メタレベルでその虚しさを感じたことが大きいのだと思う。「こんな勉強してて、それが一体何になる?」

スケールの大きさに関連して言うと、例えばブラックホールはとてつもなく質量が大きい。「太陽質量の40倍を超える非常に重い星の最後は、超新星爆発を経た後、ブラックホールになると考えられており、こちらは角砂糖の大きさで重さが200億トンを超えるという想像を絶するものだ」(藤田貢崇「ミクロの窓から宇宙をさぐる」)

角砂糖の大きさで200億トン。そんなものが宇宙にはあるのか!! 宇宙論はこういうのが楽しい。

さて、この「時間は存在しない」という、上述したスケールの大きさとは異なる意味でとても面白い本は、ループ量子重力理論(もうひとつの主要な量子重力理論に「超ひも理論」がある。僕はこの日本語よりも、英語の Superstring Theory という呼び方が好きだ)を提唱する物理学者の、数式を使わない一般向けの書物である(厳密には一つだけ数式が出てくる)。

まずニュートン以降の、アインシュタインらが発見した事実が簡単に紹介される。知らない人にとっては、この部分だけでも興味深いだろう。

時間がいつでもどこでも一定に流れるというのは幻想である。時間の進み方は一定ではなく、高い所の方が早く進む。厳密には自分の頭のある位置と足の位置ですら時間の流れ方は異なる。大きな質量(地球)に近い方がゆっくり流れるのである。そしてこの流れ方の差が重力である。

時間が減速するからこそ、物は落ち、わたしたちは足をきちんと地につけていられる。足が歩道から離れないのは、体全体が、ごく自然に時間がゆったり流れる場所を目指すからで、みなさんの頭よりも足のほうが時間の流れが遅いのだ。

そして世界の出来事を統べる基本方程式に、過去と未来の違いは存在しない。

現在わかっているもっとも根本的なレベルでは、わたしたちが経験する時間に似たものはほぼないといえる。「時間」という特別な変数はなく、過去と未来に差はなく、時空もない。

そこにただ存在するモノはなく、この世界は出来事のネットワークなのである。

わたしたちのこの世界は物ではなく、出来事からなる世界なのだ。

かなり簡単に書いてあるとはいえ、途中からはやや話が難しくなり、哲学的にもなるが(「己を理解するということは、時間について真剣に考えることだ。ところが時間を理解しようとすると、自分自身について深く考える必要がある」)、誰にとっても、どこにいても一定に流れると、われわれが思い込んでいる時間というものの不思議さを感じる(そしてその思い込みは、大いに人為的なものである)。

重要な概念はエントロピー(乱雑さ、混沌性・不規則性の程度を表す量)であろう。エネルギー資源ではなく、低いエントロピーがこの世界を動かしているのである(低いエントロピーの代表例は太陽)。

宇宙の歴史全体が、このようなエントロピー増大の跳躍と遅滞で構成されており、その進行は、速くもなければ一様でもない。

これは面白い本だった。

同じ著者による、少し専門的なループ量子重力理論の解説書「すごい物理学講義」も読んでみるつもり。

最後に宇宙の大きさを表した、僕の好きな動画をどうぞ。


Photo by Andy Holmes on Unsplash

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