東の都は春の味

 3月2日。

 新大阪駅を11時50分に発車する新幹線に間に合うように家を出た。
 大阪は晴れていた。とはいえ、向かう先が果たして肌寒いのか、はたまた暖かいのかわからない。
 ならば寒いよりはマシだろう、とダウンジャケットを羽織ってみたのだけど、結果的にこれは正解ではなかった。

 寄り道することなく、まっすぐと僕をそこへ運んでくれた新幹線を降りると、もうそこからジャケットのジップを上げることはなかった。猛烈に春を感じる日だった。

 慣れない路線図をわかったようなふりをして眺め、さらに10分ほど電車に揺られる。意外にもこの街の電車は混雑していなかった。路線のこととか、時間帯のことは僕にはわからないけど。

 少し歩きたいな、という思いもあり、最寄駅ではなく、少し距離のある駅にて電車を降りた。距離にして1キロ弱。ただまっすぐ、少しだけ起伏のある細い道。住宅地だったこともあり、人も少ない。この街は、伝え聞くよりも落ち着いているように感じた。15分ほど歩いた先に、思い描いていたよりも、ひとまわりこじんまりしたタマネギがあった。

 僕はこの日、芸人オードリーを拝むために日本武道館にやってきた。

 オードリーのラジオ番組「オードリーのオールナイトニッポン」が10周年を迎え、その記念として一年ほどをかけて青森、一宮、北九州と各地のハブ都市をまわり、その集大成として、日本武道館でのライブ開催。言うなればツアーファイナルのようなもんだろうか。

 僕は、件のラジオを聴きだしてから、まだ3年ほどしか経っていない「新参者」だ。そのため、応募する時は色々と迷った。ただ、ラジオというツールを介して行われるお笑い芸人のライブ。このコンテンツのなんだかよくわからない魅力が勝ち、応募を決めた。

 どうやらものすごい倍率だったようだ。次々に席を増設し、各地にライブビューイングを上映することとなったが、瞬く間にソールド。結局、現地に12000人、ライブビューイングに10000人が集まった。

 ライブの中身については触れない。僕の陳腐な文章で表現することほど野暮なことはない。ただ一言、初めての武道館がこのイベントでよかったと思った。

 前回、僕は散歩が好きだと綴った。でも正しくは、ラジオを聴きながらする散歩が好きなのかもしれない。オードリーももちろん大好きだけど、ラジオがあるからこそ、僕は東京まで向かったのだ。

 小学生の時は野球中継を聴きながら宿題をし、中学はFMで色々な音楽に出会い、高校時代には受験勉強中ずっと深夜のFMラジオを聴き、大学生でオールナイトニッポンとJUNKにはまった。
 今振り返ると、僕の人生はずっと、あのノイズ混じりの音に絡め取られていた。

 ラジオはその性質上、みんなで一緒に聴くということは少ないように思う。だから、聴いている時も、ふと、(もしかして今このラジオ聴いてるの、世界で僕だけなのでは?)などと考える。それだけに、ラジオの番組のイベントだけで一万人以上の人間が集まることが、すごくおかしなことに感じた。同時に嬉しかったのだけど。

 いつも一人で聴いている人たちが、一緒に武道館で二人の話を聴いている。想像するとぞわぞわした。どうせ、武道館での話を大阪に持って帰ったとて、語れる相手は僕にはいない。

 いないからいいのだと思う。日常に戻った今も、あの空間を体感できた人間は、大阪には僕以外いないだろう、という根拠のない優越感を保てている。

 みんなにラジオを聴いてほしいとは言わない。むしろ、聴いていても言わないでほしい。お互い、秘密の楽しみを持っている状況を楽しもうではないか。ラジオパーソナリティは、僕だけに話しかけてくれているんだって。このトークはパーソナリティと僕だけの秘密なんだって。一人で笑うことはこんなにも楽しくて、恥ずかしくないことだって。

 それでも、あのラジオ聴いたよ!って言われると、天にも昇るような気持ちなるのだけど。

 ラジオは音を聞いてイメージする。それが視覚的に表現されていたオードリーの武道館ライブ。それを体験したのちに、さらに多角的に表現するなら、僕にとってラジオは「春」だ。

久しぶりに降り立った東京で、そんなことを思った。

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