藤原さんの思い出

一度だけ藤原啓治さんと仕事をしたことがある。
3年前のことだ。
新しいサービスのプロモーション動画として、藤原さんに仕事をお願いしたときのこと。
療養明け直後のお願いだった。
お会いした藤原さんは想像以上に具合が悪そうだった。
無理を押して収録をお願いした自分に後悔していた。
ところが、藤原さんがスタジオブースに入り、最初のテイクがスタジオに流れた時に僕は戦慄した。
スタジオに届く声は驚くほど張りがあり、僕が慣れ親しんだあの野原ひろしの声そのものだったからだ。
声の収録というのはとてもディレクションが難しい。
もう少し高く、低く、明るく、ラテン調に、おっちょこちょいに、息が詰まったように、落胆して。
演者の読解力と表現力、そして声質の合わせ技で声の仕事は成り立つ。
演技とはまた違った難しさを伴うものだ。
藤原さんの声には、圧倒された。
声だけで圧倒されたのは人生で初めての経験だった。
「とりあえずやってみてください」の指示で録る最初のテイクから、信じがたい精度なのだ。
まさに本物のプロフェッショナルだった。
もう新たに藤原さんの声を聞くことは出来ないけれど、あの時の思い出はずっと大切に抱えていようと思う。
安らかにお眠りください。

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