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VFR クロスカントリー考 不時着をギャンブルにしないために

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本稿を含めたマガジンの収録記事は、著者の私見であり、あくまで参考情報の提供が目的です。実際の訓練にあたっては、それぞれの国の法律を尊守し、担当インストラクターの指示を優先してください

さて、ニュージーランドで教えるエンジン故障による不時着(FLWOP)は、ある「理想的な」パターンを教えることから始まります。

不時着に理想もヘチマもないといえばそうなのですが、不時着をギャンブルにしないために「ある種のパターンを描いて、最終的に風上に向かって降ろす」ことを重要視しています。

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ちょっと簡略化します。

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緑がパドック(着陸する場所)ですが、これを通常のサーキットの滑走路だと考えると、これは地表から1000ft、滑走路から1マイル弱の、いわゆる「普通のダウンウィンド」に入るのと同じです。違うのは、1000ftが線ではなく点であるところ。

パドックの中、風下側の端から1/4ほど内側にエイミング(×印)を取り、そこから横に線を引っ張ってアビームを作ります。

最初の絵は、パドックの端っこからアビームを引いていますが、これは間違いです。

アビームで1000ft AGLに入れれば、あとはいつもやっている180度ターンのグライドアプローチです。

これなら、いつどこでエンジンが切れても100発100中。エンジン故障がギャンブルではなくなります。ちなみに、1500ftエリアというのは、アビーム1000ftを作るためのクッションのような場所で、風によって調節します。

簡単に見えますが、これを成功させるにはプロセスを踏む必要があります。

踏むべきプロセス

まずはスピードです。

飛行機には、ベストグライドスピードと言ってその飛行機が最も滑空するスピードがあります。小型機ではだいたい70kt前後です。重さで多少変わるので、重い日は2ktくらい速くして、軽い日は2ktくらい遅くするイメージです。エンジンが切れたら、有無を言わさずまず飛行機の姿勢をこのスピードに合わせ、トリムを取ります。まずは、この作業をしっかりとやること。

次に風。

絵では上から下に向かって吹いていますが、上空の風と地表の風が違っていることがあるので注意が必要です。地表の風は、煙やダストがわかりやすいですが、個人的によく使うのが貯水池の波とウィンドシャドウ。

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写真の池、手前側の水面は鏡のように空や木の影を映していますが、奥の方は波が立って水面が荒れているため、乱反射しています。

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これは、地表を吹く風が池に達した時に、突然落ち窪んだ手前側の面を飛び越えて中程から奥のみにぶつかっているためで、風が写真の手前から奥に向かって吹いていることを示しています。

煙はいつもあるとは限りませんが、ニュージーランドには池や湖がいたるところにあるので重宝します。角度によって、光って見えたり、逆に黒く見えたりしますが、コツを掴むとすごくわかりやすい指標です。

いずれの指標を使うにせよ、エンジンが切られた時に初めて地表の風を探しているようでは遅い。パドックと風はセットで探し、エンジンが切られる前に当たりをつけておきましょう。

パドックの探し方

スピードを合わせて、風を確認したら、いよいよパドックを探します。当たりをつけておけば、この作業は半分終わっているも同じですが、クロスカントリーで高度があるときは、パドックの詳細なコンディションがすぐには見えないので、じっくりと吟味する意味でも焦りは禁物です。

高度に余裕があるときにお勧めなのは、自分が座っている席の方向にダウンウィンド側がくるように緩旋回し、風に対して飛行機が直角になるように占位することです。

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両腕を伸ばして飛行機の気持ちになり、自分の指先が両翼端だと思ってください。右指先で風がくる方向(風上)、左指先で風がいく方向(風下)を指す。すると、結果的に飛行機が風に対して横を向きます。

上図では、自分が左側の席に座っている想定で、エンジンが故障、まずはスピードを作り(70kt)、風を読み(Pond, Smoke...)、指先で風を感じながら機動して左を見ると、ダウンウィンド(風下)側にオプションが広がっていることになります。

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こうすることのメリットは2つ。

1つは、風を読んで、その方向を「指差し確認」できることです。エンジン故障のプレッシャーの中で風を読み間違えることはよくあります。パターンを描いているうちに、風の方向を見失ったり、頭ではこっちとわかっていてもなぜか逆の風のパターンをプランしてしまったり。自分の指先(=飛行機の翼端)で風の方向を物理的に指すことで、こうしたミスを防ぎます。

もう1つは、ダウンウィンド側のオプションが見やすくなることです。絵を見るとわかりますが、旋回する前の位置からでは、自分の後ろにあるオプション、特に右後ろにあるパドックが見えません。しかし、風に直角になった位置からでは、左側の窓から扇型に視野が開けるので、隠れて見えなかった良いパドックが見つかる可能性があります。


自分が右席に座っていたら、右旋回をすれば良いわけです。

風上側にパドックを取るリスク

なぜ、ダウンウィンド側にパドックを取るのでしょうか。それは、風上にパドックを取ることのリスクを考えるとわかります。

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風上のパドックに向かってパターンを作ろうとすると、上図の「2」の地点に占位する必要があります。そして、「2」に来て初めてパドックに対して高いか低いか、が判明し、青い矢印のように大回りしたりショートカットすることで「エナジーコントロール」が開始できます。

しかし、上図「2」の時点で高くなるか低くなるかは、その日の風の強さによって決まってしまうので、「1」から「2」に至る間、パイロットはエナジーをコントロールする術がありません。できることといえば、少しでも高度の減りが少なくなるようにスピードを合わせて祈ることぐらいです。それでは、ギャンブルになってしまいます。

ダウンウィンド側にパドックを取るべき理由はここにあります。前回話した無風状態の基準を使えば、追い風になる風下側のパドックは必ず届くことになるからです。

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そうはいっても、いつも風下にパドックがあるとは限りません。それは、後述するように知識を「応用」して対処します。

高すぎる場合

さて、クロスカントリーの試験では、だいたい巡航中に試験官が切るので、今まで述べたようなことに注意しながら、いかにパターンを作るか、に注力しますが、たまに、パドックに対して高度が高すぎる時があります。そういうときに、どうやって高度を処理するかにも、頭を回す必要があります。

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よく言われるのが、上空でオービット(旋回)しろ、というものです。

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確かに、決めたパドックの上空で旋回を続ければ、いつか適切な高度になってパターンを描くことができるかもしれませんが、個人的にはあまりこれはお勧めしません。

理由は大きく2つ。

1つは、パドックが飛行機の直下にくると、パイロット席から見づらくなるため。もう1つは、パイロットの注意が旋回そのものに向けられてしまうからです。

エンジン故障時は、飛行機を飛ばしながら、燃料系統や電気系統のチェック、同乗者へのブリーフィングなども行うため、ある程度手と頭が自由になるが欲しい。高度を処理するときにオービットをしてしまうと、せっかくある時間を飛行機を機動させることに使ってしまうことになるので、もったいないのです。

そこでお勧めは、直線降下を繰り返す方法。

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トリムを取った飛行機はほぼ自分で飛んでくれますから、70kt前後のベストグライドに合わせた後、上図のオレンジ色「レ」のところで、チェックやその他のタスクをすることができます。1500ftエリアについたところでまだ高ければ、反対側に線対称のパターンを作って高度をさらに減らすこともできます。

あるいは、トラブルシューティングの結果、燃料タンクの切り替えを忘れていたことによる、タンクの片減りがパワーロスの原因だとわかれば、不時着そのものを回避できるかもしれません。

連続的に旋回しないことによって「Aviate」を簡単にし、それ以降の仕事を簡単にしているのです。

パドックも見やすいし。

応用編

さて、これまで説明して来たことは、言ってみれば「机上」の話で、実際の「機上」でこれをどう応用するかが、パイロットの腕の見せ所です。以下の有料版ではそこんところを見ていきます。

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