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掌編「社会の片隅で」

 職場で買い出しを頼まれた。良くあることだ。渋る人も居るけど、自分はどちらかというと行きたい。外の空気に当たるのが好きだから。

 ずっと箱の中って、息が詰まる。恐怖症ってほどじゃないけど、ずっと囲まれた空間に居ると、段々、突然に堪らなくなる。「うおー!!」って拳を突き上げて、スーツの腕周りが窮屈になって、シャツの裾がズボンからはみ出る位に暴れたいような気がして来る。

 職場は街の中心地にあって、百貨店が近い。今日頼まれたのはデパ地下の和菓子。取引先への手土産だそう。歩いて十五分弱。適度な運動に、森林浴、とまではいかないけど緑も多い。ビルも多くて風が強い。髪が乱れる。

 街には色んな人が居る。同じようにスーツの人間もたくさんいる。エプロンとか清掃系の制服の人も幾らでもいる。みんな自分の人生に沿って歩いている感じ。同じ信号で立ち止まっても、誰も隣を見ない。ぼんやり青を待っているか、手元に夢中。お疲れ様です。と思う。

 無事買い出しを終えて、帰りの信号待ち。隣に白髪交じりの男性が立つ。背筋が伸びて、何だか逞しい体をしている。それに自分よりも大柄だ。手には紙袋とビジネスバック。此の人も仕事中だ。同じですね、と心の中で思う。

 信号が青になった。よいせ、と歩き出して数歩、隣の白髪交じりの男性が走り出した。歩く人の中を颯爽と、軽快に走り抜けていく。その後ろ姿があんまり清々しくて、思わず見惚れた。凄い。と思った。

「俺も走ろうかな」

 社会は人で出来ている。みんな自分の道を懸命に生きている。みんなの道が色々に重なり合って、この社会が成り立っている。

 今日も社会の片隅で、俺は生きて行くんだ。

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