菅野投手の本当に凄いところ
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菅野投手の本当に凄いところ

 いつか誰かに語りたいと思いながら、誰にも語らないでいる間に、今年は開幕から負け無しの13連勝(10月7日時点)という、凄いタイミングに当たってしまった。 

 私は野球観戦に熱中している人ではない。野球は好きだけれども贔屓の球団も今は無く、新聞に載るからシーズンに目を通す位のものである。

 生きていると、今同じ時間に生きている世界中の人間から、ある日突然に、それまで何も意識していなかったにも係わらず、はっとさせられる言葉を聞く事がある。私が菅野投手を知ったのも、そう云う瞬間であった。

 もう何年前だろう。偶々テレビを見ていたら、当時大卒でドラフト会議に名を連ねていた菅野投手の事を伝えるニュースが流れて来た。彼が現巨人監督の甥だと知ったのもその時である。

 菅野投手は本人の希望する巨人と、色々と素人には分からぬ駆け引きがあった模様だが日ハムとが一位指名して、くじで争うことになった。あの封筒を選んで当たりの紙が入っていたら高々と掲げている光景だ。巨人の監督は当時も原監督であった。そして、くじで交渉権を得たのは日ハムであった。希望とは違うけれどまずはそこから始めるか。と大体そうなるものだろうと思い込んでいた。そういう人しか知らなかったと云う事もある。ところが菅野投手は違った。

 彼は交渉も断固拒否。仮令一年遅れても、「巨人でおじさんと野球がしたい」という道を全く譲らなかったのだ。スポーツ選手の一年。パフォーマンスの維持。環境の維持。どれだけ大変なことであろう。それでも初心を貫く方を選んだ菅野投手の並々ならぬ信念に、私は心を動かされた。

 一年後、無事巨人の単独一位指名で、晴れて切望していた巨人のユニフォームに袖を通した菅野投手。その顔の、なんと幸せそうなこと。私は全然世界の違うところで生きている只の人であるが、本当に良かった!と思った。

 菅野投手がどれだけ人生を野球に、巨人に捧げて生きているか。どれだけ熱い想いを胸にマウンドへ上がっているか。その生き方は私を熱くさせる。見習って簡単に出来る事ではないけれど、同じ時代に遭遇したことが幸せである。

 私は背筋を伸ばして前を見詰める。

 みんな生きている。今日も頑張ろうと思う。

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いち

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今夜の月を御覧になられましたか。
好物:天然自然 生年月日:1983年11月20日  出身地:広島県 大抵の場合小説を書いて生きています。わが師である夏目漱石先生は執筆の準備運動に手紙を書きます。自分は手紙を書く時間が凄く好きだ。手紙は大好物です。 や、今日も月が奇麗だ。どうぞよろしく。