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掌編「あの人を喜ばせたい」

 あの人は、元気にしているだろうか。秋も深まって、そのくせ数日暖かい妙な天気だけれど、あの人は今日も、笑っただろうか。

 私はいつだって、あの人を喜ばせたい。いつだって、あの人がどうしたら喜んでくれるだろうって考えている。

 何でもいいんだ。一日の色んな瞬間に、例えば、出来上がった料理を味見して上手くいったと思った瞬間とか、目薬をさして、溢れた分をティッシュで拭きとったら、ピースの形にティッシュが滲んだとか、これは一番贅沢な、何でもいいじゃない何でもいいだけれど、私の書いたものを読んでみて、面白いね。と思ってもらえたら。

 そう云う瞬間に、思わず「ふふ」って笑って欲しいんだ。

「ふふ」って笑ってくれたら、それだけでもう幸せになる。だから私は一生懸命考えている。あの人に「ふふ」って喜んで欲しくって、其れが為に全力で走ってしまう。

 だってさ、私はあの人に、沢山与えて貰ったんだもの。どれだけ貰ったの?って聞かれても、簡単には話せないくらい、本当に沢山貰ったんだ。それなのに私はまだあの人に何にも返せていないんだもの。こんなに与えてもらって、それで私が何も返せないままなんて、そんなのは、嫌だ。寂しい。心が、苦しい。

 だから私はあの人を喜ばせたい。いっぱい、毎日、笑って欲しい。それでもしも、あの人が喜んでくれたら、私は嬉しくて、顔を隠す。正直に云うとね、物凄く喜ばせたいのだけれど、それを目にするとね、私は屹度、照れるんだ。勇気を出してもね、えへへと笑える位で、それでもう精一杯なんだ。

 呆れちゃうよね。

 けれどね、本当に、私はいつだって真面目なんだ。

 どうかどうか、あの人が明日も笑って過ごしてくれますように。其れで願わくばここへ来て、私のお話を読んでみて、「ふふ」って笑って、喜んでくれたら、嬉しいな。

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