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手紙小品「年の瀬迫る日に」


 拝啓 数日続く木枯らしにお山の葉も奇麗さっぱり攫われて、愈々冬山の広がるこの頃です
 寒さ厳しい日々ですが、お変わりございませんか。こちらは冷たい風の内にも陽射しに恵まれて、今日は一日、久し振りのお洗濯日和でした。

 今朝は黒豆を洗って水に浸しておきました。夜からは火入れを始めます。今年もおせちの仕込みを始める時期がやって来たのですね。もち米に、竹の子、干し椎茸の在庫など確認しながらおせちの献立表と買い物リストを作成しますと、年の瀬が迫っているのだなと実感します。カレンダーの都合上、今年は年末のお休みが少ないので、大晦日の夜までに料理を終える事が出来るかしらと今から少しどきどきそわそわしています。ですが、料理はこちらの心持ちがお味に深く反映されるものと思います。せっかちな作り方をすると折角のお料理が、お正月の彩りが台無しとなりますから、焦らず、落ち着いて、一品ずつ仕上げていこうと思います。為せば成る、と申しますものね。この場合、なるようになる、の方が気楽でいいかも知れませんが。

 いずれにしても、無理をしない事は大切ですね。あなたはどうですか。いつも全力投球なさる方だから、年末の忙しさにかこつけて、一層御無理をなさらないかと勝手に心配しております。最も、男前なあなたですから、そんな心配、笑って弾かれるのでしょうが。

 時に、私事ですが、このような最中でも細々執筆を続けております。実は以前お話した長編小説は先日仕上がりました。と云って、区切りを付けるのは難しい仕業です。開けばまた推敲してしまうのだと思います。けれど一旦ここで完成としました。いつどこで発表しようかと、悩んでいる処です。他にも冬の物語を幾つか紡いでいます。一つずつ掲載していく予定です。以前書き上げた連載も、整頓を始めました。冬のお話なので皆様にお楽しみ頂ければ嬉しいなと思っています。物語をお届けできる喜びは、矢張やはり何物にも代えがたいものです。受け取って下さる方が一人でもいる限り、書き続ける所存です。

 世間がせわしくなるほどに、お互い深呼吸を忘れない様に致しましょう。何より健康第一ですから。笑って、生きる。そして大晦日の晩には、あったかい年越しそばをゆっくり食べたいと思います。しも諸々が許せば、あなたにもお会いしたいです。
 それではこの辺りで失礼する事にします。今年も一年お世話になりました。誠にありがとうございました。どうぞ良いお年をお迎えください。                                     

                          敬具
    令和三年 師走
                              いち

      
親切なあなた様へ



 外へ出るとやっぱり冷たい風が吹いていた。ダウンを着込んで、首にはマフラーを巻き、帽子を被っておいて良かったと思う。飛ばされない様に気を付けながら、真冬の散歩。近所の赤いポスト迄、ほんの短い散歩道。寒さに下を向きがちだけれど、上を向いて歩こう。おでこと耳の付け根に北風がすいと触れた。
 青い。空が澄み渡って、美しい青色が奇麗だ。流れゆく白雲も浮世に濁るいとまもないのだろう、地球の青に引けを取らない清浄な白を纏うらしい。見事なコントラスト。そう思う間に、奥から三度陽射しお目見えである。
 ポストへ着いた。さあ、今日の分も無事届けられます様に。銀の口いて、手を離れた一通。


 帰りは日差しを背中に浴びながら歩こうか。

                            終

お読み頂きありがとうございます。「あなたに届け物語」お楽しみ頂けたなら幸いにございます。