「たしかに春だった」
靴には防水スプレーをその都度吹き付ける。元々撥水性を備えたトレッキングシューズだけど、服装はじめ、装備の防水性は重要だと思う。
どこまでも山を追いかけた。いつまでも天気を気に掛けた。そうやって日一日が、今年の一日、一日が、過ぎて行く。
キラキラ光る眼は新入生のものだった。初めて歩いた川沿いの桜並木からは香しい春が流れていた。鯉もサギも鴨も、のんびりと日向を満喫していた。桜に引き寄せられて人、思い思いに並木を見上げていた。コアラのマーチいちご味をつまみ食いしながら歩いた私は、この日を境にひどい鼻づまりになった。山の中、杉林の傍でおにぎりを食べようと、深呼吸しようと平気だったのに、遂に許容量を超えたのかといつまでも鼻をかんでいた。一回治ったと思ったのに、
(花粉症デビューかぁ)
と思ったが、一週間くらいで治った。よくわからないな。黄砂だったのかな。
手を抜きがちな食卓にも、慎ましくも春色が乗った。春キャベツ、春大根・・・とりあえず全部春とついている。桜餅風味の番茶なんてものも飲んだ。
歳を取る程に悟りばかり開いて行くのかと思いきや、まさかそんなはずもなく、人生楽ありゃ苦もあるさと、相変わらずの人間だ。
(もう、同じ事繰り返して、大丈夫って言ってるじゃない)(自分A)
幾つになっても分からんことはわからんし、閃くときは閃くし、失敗する時は大いに失敗する。悲しいし寂しいし楽しくて嬉しい。
ありのままでいいから、一つずつだ。
今日も洗濯機が終了のブザーを鳴らす。ベランダへ出ると、風に乗って桜の花びらが舞っていた。マンションのこんな階上に居ても、見えるんだな。どこへゆく桜。どこへゆく桜。どこへゆく春。
街は春に埋もれていた。自分の瞳はどこまでも足元を追いかけていた。どこまでも山を追いかけていた。だけど、私もそこに居た。うん。
たしかに春だった。
文と料理と写真・いち
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