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掌編、短編小説広場

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此処に集いし「物語」はジャンルの無い「掌編小説」と「短編小説」。広場の主は「いち」時々「黄色いくまと白いくま」。チケットは不要。全席自由席です。あなたに寄り添う物語をお届けしたい… もっと読む
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#小説

掌編「穴」

 人生に失敗はつきもので、だが然しそれが許される社会と、許されない社会があるのだ。私が属するのは、後者の方だった。  地元の人間も滅多に入らない様な森の奥深くまで分け入った私は、やがて尽きた細道の更に先へ、生い茂る枝葉を掻き分けて進んだ。どの枝がどちらから伸びて来るのか、足元に蔓延る根がなんの樹に由来するものだか、さっぱり見当が付かない。蜘蛛の巣もいくつも顔で千切ったし、棘にもあちこち引っ掻かれた。臭い実を立て続けに潰した時は辟易したが、甘美な木々の誘惑にも出くわした

掌編「冬、時々 2023」

「くそう、変人佐伯めええ」  感情任せに投げ出したスマートフォンがソファに埋もれた。画面上にはきらびやかなイルミネーションで彩られた街の写真が映し出されたままだ。横目で見て、はあーと長い溜息を零した。  二年前の冬、クリスマス直前。痛い思い出を引きずったままだった当時の私は、幸せに満ちたクリスマスなんか蹴散らしてやろうと手当たり次第に負のオーラをばら撒いていた。そこへ突然降って来た不思議な出会い――というか、再会。それがきっかけで、私は高校時代の同級生佐伯くんと付き合う事に

「ミスターA」

 あなた様のことをお話するのは、身勝手なような気が致しますから、遠慮しようと思っておりました。けれどもやはり、世の中で堂々とあなた様の事に触れ、堂々御礼を述べたいと、こう思い立ったのです。不本意でございましたら申し訳ありません。  あなた様はいつもエネルギッシュで清潔感の溢れた御方でした。私共は一同揃って、大変可愛がって頂きました。こういう日々が続いてゆくものと誰もが思っておりました。  いつの間にお聞き及びになられたのか、ある時からあなた様は、大相撲をほんの少しだけかじ

掌編「orange」

 抜群にセンスが無いって言われた。  小6の時だった。まだ小学6年生だったのに、そんなにはっきり言われたら、ああ、僕は服選びのセンスが無いんだって、すっかり思い込んじゃって、そのまま大きくなったらどうなるか、想像つくでしょ。  僕は黒色の服しか着ない。誰が何を言っても黒色のTシャツを着て、黒色の綿パンをはき、黒色のパーカーを重ねる。あ、言っとくけどボクサーパンツも黒一色だから。  それなのに――  高校3年生、梅雨。 「へえー、あったかい黒目してるんだね」  日曜に

短編「戯れに蛍、知らぬ間の夜」

 都を離れて山へ入ればそこら中飛んでいるよ  誰が言ったものだか、ささやくようにずっと耳の奥で繰り返される台詞。そのあやふやな声を頼りにして、ともかく私は蒸し暑い京の都を訪れた。 * ー戯れに蛍、知らぬ間の夜ー  相変わらず人の多い京都駅から電車を乗り継ぎ、後はタクシーを捉まえた。額に吹き出す汗をタオルで拭いつつ行き先を告げる。運転手は緩やかに車を出した。 「蒸すでしょう、京都は」 「そうですね、蒸し暑い」 「お客さん、どこから来はった?東京?」 「―まあ、新幹線で・

掌編「きみのカエリヲ待つ」

「やはり何処にもいませんっ!」 「何故だ!?あんなに優等生で、ずっと親しく、これまで持ちつ持たれつやってきたじゃないかっ!本当に何処にもいないのか?!」 「本当です。しかも、国中から姿を消しつつあります」 「くっ・・なんてことだ・・よりにもよって、こんな大事な時に――」  世間にその噂が流れ始めたのは、時をずっと遡った、雪化粧の街にキャンドルが灯る頃だった。当初はまさかここまで事態が逼迫するとは誰も予想していなかった。しかし事態はみるみる悪化して、多くの国民は、家の冷蔵庫の

掌編「ビターリキュール」

 目の覚めるような鮮やかなルビー色から、色を持たない小さな気泡がいくつもいくつも上っては、グラスの外へ弾けていった。 「凄い色ですね」 「きれいだろ?」 「きれい。強い赤。情熱的」  玲子はグラスを手に取ると、カンパリソーダを繁々と見つめた。グラスの底へ沈められた真っ赤なリキュールが、彼女がグラスを傾けるたびゆっくりと底を揺蕩う。ソーダはこの間にも絶えずシュワシュワと弾けてゆく。信太は見かねて声をかけた。 「飲まないの?」 「飲みます」  あれ程物珍しそうに目をぎゅっ

掌編「桃、菖蒲。いざ勝負。」

 僕はお雛様が好きだった。子どもの頃、三つ上の姉の御蔭で、毎年家にはお雛様が飾られていた。勝手に触らない約束を守れば、好きなだけ見てて良かった。お雛様とお内裏様の、白くてきれいな顔立ち、それに立派な冠や衣装。年に一度灯りの下へ出されては、じっと並んで、僕らの生活の中に溶け込んでいる。だけどその佇まいには気品があって、雛壇の上だけは、やっぱり特別なんだと子ども心に思った。なにより、必ず二人寄り添って並んでいるところが好きだった。  それから、桃の節句にお雛様と分けっこして食べ

短編「マダムの体温」

 ワンルームマンションのリビングの一角に、水晶の白鳥が置かれて一週間が経つ。家の中の一番目立つ場所に置きなさいと熱心に説かれて、まさか本気にした訳でもなかったけれど、白鳥自体が気に入ったからとりあえずリビングに飾ることにした。今日も出勤前の僅かな時間、静かな輝き放つ白鳥を眺めてから家を出た。  職場からの帰り道、疲れた足を取り繕って早足で歩いていたら、道端で突然声をかけられた。 「お疲れ様」  いかにもたばこで枯れましたという嗄れ声で、近所の娘でも見かけたように気安い調

短編「かなまう物語・外」

  短編「かなまう物語・外」 「この先には外道がある。絶対通ってはいけないよ」  大人たちから散々注意されていた小さな女の子であったが、ひょんなことから道に迷い、気付けば絶対通るなと言われていた道の前に出てしまった。暗い。けれど、その先は明るい。行ってみたい。ちょっとだけ覗いて、直ぐに帰ってくれば大人たちにばれないし、大丈夫よ。  女の子は行ってしまった。  鬼たちが「外道」と呼ぶ道の先にあるのは人の世だった。毎年立春近くになると人間の都合で強まる結界が、忘れるのが得

短編「かなまう物語・下」

 ぼうぼうだった草に元気がなくなった。風が強まり、細い路地にも舞い込んでは落ち場を転がしてゆく。秋が来たのだ。  手紙は相変わらず届けられていた。箪笥の上へ積んでいた手紙はいっぱいになって雪崩を起こしたため、男は箱を一つ用意した。押し入れにしまってあった段ボールの一つだ。最初に屑籠に投げ入れた手紙もいつの間にか拾われてそちらへ入った。手紙の封筒の色や柄はいつも様々で、段ボールの中は男の家の内で一番カラフルだった。  今日は何が書いてある?  手紙を取り込んで早速便箋を広

短編「かなまう物語・上」

 郵便ポストの後ろに忘れられた細い路地がある。路地に沿うのは民家の側面とか裏側で玄関を構えている家はないものだから、日中もひっそりとしている。だが近所の住人にとっては生活道路に変わりなく、知る人ぞ知る路地でもある。その路地の片隅に、男の家はあった。  男の家は路地のぷつりと切れるぎりぎりの位置にあって、平屋で、古くて、瓦が日に焼けて薄ボケて、玄関前の草はぼうぼうと生えたら生えたままであるし、冬になれば勝手に枯れている。男が何をして生きているのか、誰も知らない。  こ

短編「ことに朝は忙しい」

 ソウのお母さんはふくよかなお腹とお餅のように柔らかい頬が自慢で、子どもは全部で十一人いる。ソウは十一番目の子どもだ。  ソウは保育園に出発する時間が迫っているため朝ごはんを急いで片付けなくてはならないのに、末っ子の甘えん坊がどんな時でも発揮される。 「お母さんボタンがとまらないから僕保育園行くのやだ」  お母さんは家族みんなの朝ごはんから身支度まで全部ひとりで請け負っていて、ソウ一人にばかり構っていられない。フライパンの目玉焼きをじゅうじゅう言わせながら、後ろ振り返って

掌編「味噌おでん」

 十八歳。独り立ちして初めての冬、名古屋。  仕事帰りの深夜、急におでんが食べたくなってコンビニへ寄った。実家では毎年寒くなると母親が作るおでんが飽きる程食卓に出て来たから、まさかいきなり外で食べたくなるとは思わなかった。大根や玉子、がんもなんかを容器に詰めてレジへ持って行き、会計を済ませようとしたら、店員が蓋の上にからしと味噌を付けた。家に帰っておでんの容器をテーブルに載せて、俺は一人でツッコんだ。 「おでんに味噌って何?」  おでんと言えばだしと醤油味と決まっている。