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掌編、短編小説広場

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此処に集いし「物語」はジャンルの無い「掌編小説」と「短編小説」。広場の主は「いち」時々「黄色いくまと白いくま」。チケットは不要。全席自由席です。あなたに寄り添う物語をお届けしたい… もっと読む
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2021年1月の記事一覧

短編「書斎にて」

 平日、晴れ。所々に雲。今日は執筆に集中するからと家族へ公言して書斎に籠った。ところが筆が進まぬ。一向に言葉が降りて来ん。私は一度筆を握れば原稿用紙埋め尽くす迄書斎を出るのが嫌である。今日は朝枕に頭を着けている内から文字が溢れる予感で一杯であったのだ。だからこうして散歩に大層むいた日和であるけれど、それを敢えて遠ざけて書斎へ籠る事に決め、煎餅座布団へ尻を着けて居るのだ。それだのに、どうした事か、座った途端に此の様である。全体何が原因かと首を傾げる。筆は一旦手から離されて机の上

掌編「雨の日、あの傘君の傘」

 家族で選挙の投票へ出掛けた行きの事、向かいからお婆さんが一人歩いて来るのが見えた。しとしとと降り続ける雨の中、お婆さんはぱっと此方の目を惹く明るい、鮮やかな黄色い傘を差していた。私はああ素敵な傘を差していらっしゃいますね、と心の内で思った。柄物や落ち着いた色の物を使う年配者の方が余程多いからだ。近付く程に、張り出すうちの一箇所だけが透明になっている事に気が付いた。おや、と思う。そうして擦れ違う前へはっとする。それは小学生などが使う子ども向けの傘であった。この事実に気が付いた

掌編「彼と音楽と世界」

 彼は耳にイヤーピース差し込んで世界を遮断した。繋がる先にはお気に入りのSONYウォークマン。手早く操作して、音楽を流す。途端に誘われる音の世界。彼は暫し瞳を閉じた。  社会にはありとあらゆる音が溢れている。自然界のざわめきもあれば、人の織り成す世界もあって、話し声も、歌声も、祈りも、風説も、反旗も、皆彼の耳に入って来た。彼は殆どの場合それら全てを受け容れることが出来た。そうして又立ち上がってきた。けれども時々は耳を塞ぎたく思った。どうしてもしんどくて、もう不可ないと思った時

短編「まあるい地球」

 俺はフリーターでコンビニのアルバイト店員。高二からやってるからもう十二年以上になる。と自分で数えて驚いている所だ。ずっと同じ店に居るから店長も何人も代わっている。今の店長は若い。俺より年下で驚いた。今迄にやって来た店長と比べても大分若い女性店長だ。けれど滅茶苦茶やる気に満ち溢れた人だ。  アルバイトもヘルプの社員さんもそうなんだけど、大体みんなここへやって来ると、俺に質問してくる。俺が一番古株だからだ。この店のピーク時間帯とか、スタッフの雰囲気とか、売れ筋とか、常連さんと

短編「あの日来た小鬼は金棒持っていなかった」

 私はもう、大人になった積りだが。さて、どうだろう。  あれは遥か昔の記憶。自分たちが小学生だった頃の眩い思い出。もうずっと忘れていた過去の自分。それがどうして、今日久し振りにスーパーで缶のネクター見つけて遂々燥いだ気持ちで買ってしまって、プルタブプシュっとやった瞬間桃のときめき仄甘い香り嗅いで、短いスカートに裸足で兄からのお下がりのスリッポン履いて、ブランコびゅんびゅん立ち漕ぎしていた時代を思い出したのだ。   あの頃私は団地に住んでいた。山の斜面削った様なとこに、七階

掌編「初夢」

 初夢だから張り切って布団に入った。どんな夢が見られるだろうってわくわくして横になった。けれど凄く重たい夢を見た。こんなの。  僕は旅の途中。弟と一緒に福井へ行く事にした。電車の時刻が迫ってて、早く走りたいのに全然前に進めない。もどかしくて、僕は凄く不審に思う。だって僕はとても足が速いんだもの。気が付いたら手に学校の教室にあるような無機質な椅子を抱えてた。ああそれでかと思うけど、どうしても持って行かなくちゃいけないみたいで、弟も同じように椅子を抱えて、二人して全然前に進めな