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静寂の星の瞬き

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真実を求めた人生の物語
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目覚めた人

彼には三つの死が訪れた。 最初は身体の死だ。 生まれた身体は死ぬ運命にあり、それから逃れられる者はいない。いつか彼の身体にも死が訪れる。 彼は死を恐れた。少しでも長く生きられるように身体の状態を気にかけた。自分が死によって消えてしまわぬよう、この世界で幸福を感じて生きていけるように願った。 もし自分が死んでしまっても、再び人間としてこの世界に生まれ変わりたいと思った。彼は身体としての自分で在り続けることを望んだ。 だが、自分の身体はこの世界での一時的な姿であり、必ず

真実を知る人

彼は真実を知った。その真実とは、自分は意識の一点として存在しているということだ。瞑想しているときに、そう気づいた。 その気づきは作られたものではない。そうあるように繕おうとしているわけでもない。何の努力をしなくても、自然にそう在る。 そう彼が気づいた後も、世界は変わりなく流れ続ける。彼はいままで通り世界で行為し、心の中で考え、言葉を語る。彼の外見は何も変わらない。 海の表面は風によって波が立つ。彼は波の立つ海面から海の底に潜っていく。どんなに海面が嵐で荒れ狂っていても、

神を知る人

彼は神を信じていたが、神を見たことはなかった。神はあらゆるところにいると言われている。それなのに、なぜか神を見ることができない。彼にはそれが不思議だった。 なぜ彼には神が見えないのか。それは神とは存在そのものだからだ。 目の前に本が在るとすると、この「在る」というのが神だ。彼はそこに本以外の何も見ることができない。彼は「在る」を見落としている。 本は物質であり、それを世界に存在たらしめているのが「在る」という神だ。本と神は一体としてある。この「在る」という神は世界中に行

意識が覚醒した人

彼は自分自身の中で意識が覚醒していることを知った。意識の覚醒とはただ単に目覚めていることだ。それ以上でもそれ以下でもない。そう知っていても、彼は外見上何も変わらない。 相変わらず世界は彼に問題を突き付けてくる。意識が覚醒しているからといって、問題を無視することはできない。彼は汗をかきながら走り回る。心地いいことも、不快なこともある。幸福も苦悩もある。 幸福と苦悩があるが、彼はどちらも変わりがないと思っている。それらは表面的には明らかに違うが、その根底は明らかに同じであると

賢者の石に導かれた人

意識で在ることは若さへと戻ることだ。彼は意識から生まれてきた。そのとき、彼は若さそのものだった。 時とともに彼は意識から離れて年老いていった。年老いて頑固になり、悲嘆に暮れ、愚痴を口にするようになった。 彼は意識としての若い輝きを失い、それを取り戻すことさえ忘れた。彼はマインドという小さな家を築き、そこに引き篭もった。 そこから出ることは恐ろしいことだと信じた。そして彼はその家の中にとどまり過ぎて、身体の固い、息も絶え絶えで苦しげな老人になってしまった。 こうなっ

貧しい人

彼は何も失いたくなかった。物であれ経験であれ、失うということを恐れた。実際に彼はいつでも何かを失い、そのことで悲しみを抱いていた。 彼は悲しみたくなかった。彼は得ることに喜びを感じた。何かを得ることに価値を感じた。得ることが彼の義務だと思った。得ることが自分を豊かにすると思った。 彼はこの世界で何かを得て、何かを失うと思っている。だが、彼が得るものも、失うものもこの世界にはない。 世界は流れだ。その流れの中で物事が通り過ぎていく。彼もその流れだ。流れは通り過ぎていく。そ

鏡になる人

彼は世界をじっと見ていた。世界は彼の意識に映っている。意識は鏡だ。彼はその鏡に映るものを捉える。彼はそこに映る世界を自分の現実のように感じる。 鏡に映るものは次々に移り変わる。鏡はそこに何が映ろうとも、鏡自体であることに変わりはない。だが、鏡に映るものは彼の気を引き、まるでそこに現実があるかのように感じさせる。 彼はその現実の中に好きなものを見つけ、それを手に入れようとする。世界の移り変わりは止まることを知らない。彼は世界を追い求めるが、世界がそんな彼の望みを置き去りにす

理由を求めない人

ある晴れた日の午後、彼は公園のベンチに腰を下ろして、目の前で咲いているバラを見た。その深紅のバラは、この時期一斉に花開き、あたりに甘い香を放ちながら風に揺れている。 彼はじっとバラを見つめた。いまこの瞬間、彼とバラの花が見るものと見られるものとしてそこに存在している。 彼はなぜいまここでバラの花を見ているのか疑問に思った。なぜ自分がバラを見ているのか理由が見つからない。 彼はゆっくりと目を閉じて、今日のことを思い出してみた。天気が良かったので公園に向かい、ベンチに腰を下

星になった人

彼は立派な人になろうと心に決めて一所懸命努力をした。彼はすべてを仕事に捧げて成功と富を得た。さらに美しく心優しい女性と結婚をして家庭を持った。町を見下ろす丘の上に大きな家を建てた。 彼を訪れる友人たちも善良さと気品を備えていた。彼は成り上がり者にありがちな尊大な態度を取ることなく謙虚に振舞ったので、人々は彼を人格者として尊敬していた。 彼は幸せだった。彼は満ち足りていた。彼はこれが永遠に続くように願った。すべてが順調でそこには何の間違いも問題もなかった。 彼はこの生活を

自由を得た人

彼は旅をしていた。家を出て何年になるだろうか。自由が欲しくて旅を始めた。当てもない旅だったが知らない土地での経験は楽しかった。 そこで生きていく人々の姿に美しさを感じ、息を飲むような景色に心を奪われ、厳しい道程を歩き切る自分を頼もしく思う。 旅はたくさんの経験を彼に与えた。彼には経験する自由が与えられていた。そして実際に彼は自由だと感じていた。 ある日、彼は思った。旅は自由だが自由は旅なのだろうか。ひとりで気ままに旅をすることが自由を得たことになるのだろうか。そう考える

力を失った人

彼は雨風に打たれながら峠道を歩いていた。あまりに風雨が激しいので、目を開けるのもやっとで息をすることも苦しい。 彼は顔を上げて空を睨んだ。空を見上げた途端、激しい雨が顔を叩く。睨んだ目も開けられない。彼はうつむいて何度もこの嵐に毒づいた。身体が冷えて足が重くなる。 ようやく農家の小屋を見つけた。彼は中に入り濡れた着衣を脱いで絞った。そして乾いたわらの上に腰を下ろすと、ようやく一息ついた。 激しい風が小屋の壁を叩く。彼は疲れた身体を横たえて目を閉じた。風の音がだんだんと薄

自分自身を知った人

少年は考えた。「僕は誰なのだろう」。毎晩、眠りにつく前に考えた。「僕は何なんだろう」。「そう考えているのは誰なんだろう」。 考えはどこからかやって来る。それがどこからか分からない。考えているのは一体誰なのか。少年は心の中を探し回った。 心の中には荒涼とした大地が広がっていた。少年はじっとその世界を見つめた。そこには誰もいなかった。 少年は大人になった。いまでも彼は眠る時に自分が誰なのか考える。それは見つけようとすればする程、見つけることができない。 彼は心の中で何でも

静寂になる人

彼は瞑想をしていた。彼は心の中に静寂が在ることを知った。初めその静寂は陽炎のように頼りなく、瞑想の後しばらくすると消えてしまった。 彼は瞑想を続けた。いつしかその静寂は存在力を増していった。そして彼の心にしっかりと宿った。瞑想をするといつでもその静寂を感じることができた。 その静寂は瞑想中に心が騒がしいときでもその背景にある。それは失われることがない。心の騒がしさに引きずられることなく、静寂は静寂のままでいる。 彼は瞑想してなくても、その静寂を感じられるようになった。仕

自分に戻る人

何もかもが眠っていた。静けさが辺りを覆っている。そこは深く安らかな空気に満たされていた。そこに眠っている誰かがいた。 彼は目を覚ました。彼は静けさの中で目覚めた。彼は目覚めたが、それで辺りの静けさが乱されることはなかった。 自分の周りが静けさで満たされていること以外、彼は何も感じられなかった。そこで彼は何かを見ることを求めた。即座に彼には見ることが与えられた。 そして見るための目が与えられた。同じように聞くために耳が、嗅ぐために鼻が、味わうために舌が、感じるために皮膚が