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雨ふる日の猫は

雨が降る東京。一人には広過ぎるワンルームに、一人横たわる私。

夕方、気持ちが沈み何もかもが悲しみの色に染まっていた。自分の理想をかき集めた部屋は、カーテンの隙間から差し込む夕日に照らされても心ときめかせる色を失っていた。自分から助けを求めていないのに、お母さんが突然やってきて、私の心の内を汲み取ったかのようにして世間話を始めた。徐々に視界が暖色に変わり、TVをようやく付けると、外からの情報をゆっくり咀嚼しながら世間の一部に戻っていく自分を感じ、まどろみの中で新しく希望の光が差し込む気配がしていた。

猫の鳴き声で目が覚めた。

夢だ。昼間に見る夢は、どうしてこうも深くて現実味を帯びているんだろう。夢の中と同じく私はワンルームに横たわり、部屋の中はいつもと変わらない色をしている。

猫の声がする方の窓に意識を向け、はじめて、外が雨なことに気が付いた。同時にお隣さんが猫を飼っていたことを知った。

そうだ、外の匂いが嗅ぎたくて窓を少し開けていたんだ。しとしと降る雨音と、猫の強く訴えるような鳴き声で、私は現実に帰ってきた。

きみは猫みたい。

強く訴える猫の鳴き声に飼い主が「雨だからだめよ」と何度も言っている。外に出たいのだろう。私は昼間から自分の意思で部屋にこもっているというのに。世の中は、なんとも世知辛いね。

人生の中で「きみは猫に似ている」と結構な数言われる。

中学生の頃から猫は飼っている。ペットは飼い主に似るとよくいうが、飼い主がペットに似てしまったパターンだろうか。そんなパターンは聞いたことがないけど。

実家の猫たちは賢く、私が話すことをよく理解している。名前を呼べば来ることはもちろん、こちらの表情を伺いながらたまに気を遣うような行動を取る所が面白い。

「猫に似ている」と言われその事がどういう意味を含むのか。世間一般に猫は気まぐれ、というが自分が知る猫は気まぐれとは違うし、よく分からないでいる。

自分を客観視する時、思い浮かぶのはこの2年間だ。

居場所は自分を形どる。

大学4年。「社会」や「自由」という名の果てしない荒野を目前に、途方もなく焦る気持ちで過ごしていた。なりたい大人、理想の仕事。ゴールは想像できるのに経過の道順が浮かばない。足掻き続ければそのうち見つかるはず。

やると決めたら全力投球。どうせならアグレッシブな人生を送りたい。自分がやると決めたことは絶対にやり通す。信じると決めたら信じ抜く、何より自分の直感を信じる。そういう頑固さが私にはある。その事が私に悪い結果をもたらすことは滅多になくて、いつでも信念を貫きたいと考えていた。

そんな考えは2年経って少し変わった。社会から浮く。穏やかな大海原に垂れ流された油のよう。そこにあって相応しくないのに、何にも交わることが出来ずただ浮遊している。そんな感じだ。

「大勢」という社会が提示してくるパズルに、綺麗にハマらない「自分」という歪なピース。どんな形をしていても、パズルとは別にそこに自分の人生があるだけなのに。

時に私は、期待される形に姿を変え、違和感を感じ元の自分に戻る。そんな時私は、頑固な自分に少しの愛想をつかせ、得体の知らない劣等感を感じながら、自分の形を模索する作業を繰り返す。

学校という囲いを出ると、そこにあるのは果てしなく広がる荒野ではなく、ガラスの壁で囲まれているせいで果てしないように見えた、新たな囲いだった。

音大卒だから。音楽しかやってこなかったでしょう?
女だから。体力はないし話が長いでしょう。
実際音大にいたが、多くの音大生が通る選択を私はしなかった。

だとすると、私の居場所はどこ?

自分の居場所は自分で決めるし、一緒にいる人も自分で決める。だって私の人生だから。今まではそう強く思えていたのに、自分が本当に、自分の人生の主役でい続けられるのか、いていいのか、自信がなくなってきた。

猫は水が嫌いでしょう?

歪なピースがここにも。雨の匂いを嗅ぎつけ外へ出たがる猫がいる。しかも、窓のすぐ向こう側に。

猫にとって、晴れていようが雨が降っていようが、関係ないのかもしれない。「雨だから」というのは、外に出たい猫の意思とは無関係だ。環境なんてどうでもいいのかもしれない。

猫に似ていると言われる私は、外に出たがらない。雨の中外に出ても止める人は誰もいない。雨とは関係なく、外に出たいとは考えていない。

世間が形作る「幸せ」が万人にとって幸せとは思わない。本当は誰もが歪なパズルのピースなのでは?そうあって欲しいと願うのは、昼間に見る夢と大差のない、幻想なんだろうか。

雨だからという理由で、外に出してもらえない猫の声を聞きながら、雨でも外に出たくない、自由で猫に似ている私は「きみとは違うんだよ」と、心の中で思いもう一度ベッドに潜った。







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