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若手の性

プライドが高いのだろう。私とはちがう。そう思えば気楽だ。

「いやあね、急に伴奏者連れて来いって言われちゃってさあ。そんなすぐにったって見つかるもんじゃないし、て思ってたら、soraさんがいたと思ってね!
すぐに頼めて、楽譜も渡しやすい!てなったらiさんしか居ないと思ってね。助かったよ〜。」

突然、伴奏の依頼がきた。彼の伴奏は2回目。歳はおそらく、5つか6つ上。この方はフッ軽と楽譜の手渡し易さで伴奏者を選んでいるのか。

楽譜は郵送で、と遠回しにお願いしたつもりだったが、手渡しで、との事で待ち合わせ場所まで徒歩15分。こうして手渡されに来たのだ。

「ご飯食べた?」

「あ、食べてないですけど、これから用事あって。」

「あーそうか。いやあね、奢ってやろうと思って。」

知ってる。そんな気がして、綺麗な服装を着てきて、友達とご飯に行くからと今ウソをついているのだ。

前回伴奏した時もそうだった。何かと「奢ってあげます」と言ってくるのだが、私はそんなにお腹を空かせた顔をしているのだろうか。

伴奏の謝礼はきちんと頂けているので問題はない。だけど伴奏という仕事は、人との距離感がとても難しい。演奏時は心を一体にする必要があるけど、音楽以外の瞬間の距離感は保ちたいと思っている。

私は未熟。勉強したいし機会が欲しい。来るもの拒まずで音楽と向き合っているが、お金のやり取りに関して私は強くないので、親密になり過ぎた時が怖いのだ。

架空の友達との予定を済ませる為に別れを告げ真っ昼間に帰路に着く。

貰った楽譜をカバンから取り出し、目を通すと製本されていない事に気づく。

今まで誰も、教えてくれる人が居なかったのだろうな。こういうのはマナーというか、礼儀だと思う。楽典の本には書いていないし、大学が教えてくれるものでもない。秘書検定とか、社会のルール本に記載される事項でもないのだから。

『イヤな客にNOと言えるようになったわ。歳を取って良いこともあるのよ。』

東京で随分とお世話になっている80代の女性が仰っていた。若い頃はなんでも受け入れてしまってたわね、若いから仕方ないと思うわ、心が弱いからでは決してないはずよ、と。

この言葉にとても救われている。

音楽を仕事に。女性として。社会の仕組みは難し過ぎる。自分が若いから、安いから、仕事がくる。断らないのを相手は分かってる。女性だから、というのも多少はあるんだろう。

悔しいけれど、機会が欲しくて堪らない私はイヤな客をしばらくまだ、断らないだろうな。

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