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悪気のない毒

年が明けて早 1 ヵ月が経ちました。
1/1 能登地震に被災された皆様に、心よりお見舞い申し上げます。

今回は目次のない雑感をば。
わたしは世田谷区で生まれ育ち、田舎がありません。
小さい頃から、田舎にものすごい憧れがありました。夏休み、冬休みなどに田舎のおばあちゃん家に行く友達がとてもうらやましかった。

そんなわたしの配偶者は石川県能登島の出身です。
わたしは、義実家が大好きで、能登島が好きで、義両親のことも大好きで、子どもが生まれる前から夫は東京において一人で義実家に帰ったりしてました。
子どもが生まれてからも、夫は置いて、子どもたちと帰らせてもらったりしていた。

とにかく、わたしは、義実家と義両親が大好きで。
わたしは自分の実親に対して複雑な感情を持っていて、親戚・親というものには反射的に身構えてしまうのに、義両親のことは自分でも驚くほど、好き。

元旦。
義両親の無事が確認できるまで生きた心地がしなかった。
夫はもっと、強い感情を味わっていただろう。だから尚、わたしがしっかりしないといけないと思った。

多くを note で語るつもりはない。
わたしは当事者ど真ん中の人間ではない。
ただ、一時的な義両親の東京避難、夫が一緒に能登島へ帰り片づけ、そして義両親を残しての夫の帰京などなど、1 月、心にのしかかるものが大きかった。心を強く痛めていた。

思ったこと。
『悪気はなく』毒を放たれると、ものすごく心をえぐられるなということ。

『いやー今回地震大変でしたねぇー僕も帰省してたら帰りの飛行機が飛ばなくてさー帰省伸びちゃうし、すごく大変だったんだよう~あははははー』
これを組織の上席が、わたしに放った時は思考が停止した。

思考が停止して、反論することも、怒りを表明することもできず、流れてしまった。
え、わたし、義実家の状況含め、あなたに報告しましたよね?それ言う?

不意打ちに毒を浴びて気持ちが折れて、組織に絶望して、本気で企業人を辞めようかと思った。

わたしはどうしたら良かったのだろうか。あの場でお行儀よく流してしまった自分には、すごく幻滅した。自分のために、わたしはあの場で噛み付くべきだったんじゃないか。

『お言葉ですが、ご報告しております通りわたしの義実家は被災しております。帰省の帰りが遅れたことと並べて笑いながら仰られるのは、非常に違和感があります。もし状況が伝わっていないようでしたら、改めて、この場で説明させていただきますが、よろしいでしょうか』
せめて、冷静に言うべきだったんじゃないか。

今でも思い出すと、はらわたが煮えくり返る。
義両親を、元旦からのことを、わたしは知っているから。

思い返すと、結婚して数年たってからの『子供はまだ?』『子供は持たないの?』『年齢上がると子ども出来にくくなるよ~仕事はほどほどにして子ども早く作りなよ』
悪気のない猛毒は、あの時もものすごく辛かったな。
当時は、高度不妊治療をしていたので。

会話の端のあいさつ代わりみたいなちょっとした言葉にいちいち、『いや、わたし高度不妊治療していて』というのも違和感があって、ただただ毒を浴びた。

わたしは、毒を放っていないだろうか。
悪気がないからと言って、許されるものではない。

わたしは、大丈夫だろうか。
放ってしまったとしても、気づけるだろうか。
気づいて、すぐに謝れるだろうか。
子どもを悪気なく傷つけていないだろうか、気づけるだろうか。

人のふり見て、我がふり直せ。

人にやさしく、愛を持って、丁寧に接すること。
そう思っているけど、出来てない。出来てないけど、したいと思う。

今年はもっと、ありたい姿であれるよう。
今年も一歩一歩と、思っています。

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