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元同期・笹岡絵美子の証言 【小説】どの顔もあの女#19

 同期の中で一番仲が良かった? そうかもしれません。入社1年目の頃は、週に一度はランチしてましたし、月1くらいで飲みに行ってました。部署は違ったんですけど、私の部署の男子社員が新人研修中に、まーちゃんを紹介してくれたんですよね。「おもろいヤツ」って言ってました。
 なんとなくウマが合って、私の方からよく誘ってました。言葉で説明しづらいんですけど、時々無性に「会いたい!」って思わせる魅力があって。退職後、まーちゃんがフリーライターになって、その後作家として売れ始めた頃は忙しそうだったし、私も管理職になってあまり時間が取れなくなったので、会う頻度は半年に1回くらいになってましたね。

 結婚はちょっと意外でした。26〜27で結婚するって、私の周りでは結構早かったんですよね。ただ、まーちゃんは明らかに勝ち組で、同期の中には羨む子もいました。
 「これみよがしにハリー・ウィンストンのエンゲージリングを贈ってもらったとか、新婚旅行はハワイとクロアチアの2カ所に行ったとか、自慢でしかなくない?」と陰口を叩かれているのを聞いたこともあります。
 私はまーちゃんが好きだし、根はすごくいい子なので、「結婚したばかりでテンションが高いだけじゃない? そんな目くじら立てなくても(笑)」とか言って流してましたけど。
 旦那さん、じゃなくて、元旦那さんか。伊原哲哉さんって、伝通のクリエイティブ・ディレクターなんですよね。私、スピードアで4年働いてから、伝通に転職したんです。社内で絡む機会はなかったですけど、伊原さんが「若い女の子が好き」というのは一部で知られている話でした。仕事はできる人だけど、女関係にだらしないとか。
 まーちゃんが伊原さんと付き合ってたのは、私が伝通に転職する前からです。ふたりが結婚したときは、一部で「伊原がついに結婚!?」と話題になってましたね。

 でも、意外なんですけど、まーちゃんから伊原さんの悪口を聞いたことはないんです。付き合ってるときも、結婚した後も「てっちゃん、超可愛いの」と自分で撮った伊原さんの写真を見せてくるんですよ。毎回違う最新の写真です。本当に伊原さんのこと好きなんだな、と、こちらが微笑ましくなるくらいで。「ケンカなんてしたことない」とも言ってました。「こんなに好きになった人は初めて」とも。
 切ないですよね、そこまで愛してた相手に不倫されるんですから。まーちゃん、離婚の数ヶ月前に別居を始めたんですよ。SNSで報告してました。その1〜2ヶ月前に私、伊原さんを鶯谷で見かけたんです。
 私は仕事関係者と「鶯谷園」で焼肉を食べた帰りでした。なかなか予約が取れない焼肉店で、プロジェクトの打ち上げをしてたんですよ。結構盛り上がって、駅のホームで電車を待ってたのは、0時を過ぎてたと思います。
 ふと何気なく、たまたま階段の方を見たら、伊原さんがいて。誰といるんだろうと思って見ていたら、すぐ後ろから若い女の子が上がってきて。その人、伊原さんの腰の辺りに手を添えてたんです。ソーシャルディスタンス? あー、もちろんなかったですよ。カップルみたいな距離感で。
 あれと思って見てたら、私のグループのうちひとりが、伊原さんと顔見知りだったみたいで「あれ、伊原さん!」と呼びかけたんです。かなり酔ってたから、「こういうときは声をかけない方がいいかも」「気づかないフリをしよう」みたいな考えはなかったんだと思います。
 そしたら伊原さん、特に慌てることもなく「おお! ご無沙汰してます。お元気そうですね」みたいに、ものすごく無難な挨拶をして、私たちとは車両1つ分の距離を置いたんです。自然な様子でした。一緒にいる女性に「仕事でお世話になってる方ね」みたいに説明してる風でしたね。
 伊原さんは私のことを知りません。私が一方的に彼のことを知っているだけです。その後、電車が来るまで伊原さんたちをチラチラと見てたら、付き合ってるような雰囲気で。女性の方が伊原さんのアウターのポケットに手を突っ込んだり、伊原さんから女性の方に近づいて話したりして、どう見ても不倫じゃん、と。
 
 盗撮は良くないことだとわかっていますが、ふたりの写真をこっそり撮って、その後まーちゃんに共有しました。私はまーちゃんの味方だし、大好きな旦那さんに裏切られるなんて可哀想すぎるじゃないですか。私がまーちゃんの立場だったら、絶対に許せない。
 そしたら、まーちゃん、その女性をネットで調べて、どこの誰かを特定したんですよ。ネット探偵みたいなリサーチ力だと思います。「成海コウっていう、売れっ子イラストレーター」って言ってました。その女性のInstagramで「“いはらてつや”の縦読みを見つけた」と、まーちゃんがスクショを送ってきたことがあります。

いつも、いつだって
はたらいてる姿が凛としてて
らっきーだなって思いながら
てを見てる。きれいな手を
つよがりじゃない、っていうと嘘になる
やっぱり一番がいい

 当時、私は縦読みってそもそも何? って感じでしたが、まーちゃんはかなりショックを受けてましたね。「平安時代って、男女が恋歌を交わしてたじゃん? 縦読み文化もそれを引き継いで、現代に存在してるのかな」とか落ち込んだ様子で言ってました。悪いけど、その発言には笑ってしまいました……。
 ただ、その縦読みだけじゃなくて、成海さんって人は「匂わせ」投稿もたくさんしてたみたいです。まーちゃんが目視しただけで、結婚1年半ほど経つ頃から、伊原さんらしき男性が頻繁に写り込んでる、っていうんです。
 手元のカフリンクスだったり、腕時計だったり、テーブルに置かれたスマホだったり、伊原さんの身体や持ち物の一部をわざわざ映り込ませて、頻繁に投稿してたみたいです。スマホって裏返しておくと、スマホカバーが写るじゃないですか。それを見ると、妻とか彼女なら「あ、彼のだ」ってわかりますよね。
 私も彼女のInstagramで見ました。匂わせ投稿が批判される芸能人っているじゃないですか。まさにああいう感じです。奥さんがいるのわかってるのに、よくここまでやるよねとびっくりしました。図々しいです。

 まーちゃんは伊原さんの不倫に気づいてることを、本人には一回も伝えなかったみたいです。「なんで? 悪いのは伊原さんでしょ。まーちゃんは被害者だよ」と言っても、まーちゃんは頑なでした。
 「私はてっちゃんの前ではカッコいい女でいたい。だから不倫してるでしょ、とか責めたくない。結婚1年半で不倫される時点で、私に魅力がなかったってことだし。負けを認めてるから。それに、金持ち男と一回結婚してみたかったんだ。それが経験できただけで十分」って、持論を話してましたね。
 付き合う相手、パートナーに対しては、プライドが高い人なんだなと思いました。結局、慰謝料も何も取らずに、サッと離婚してますしね。
 でも、「私は“経験全部コンテンツ”って思ってるから。全部どこかで仕事に変える予定。全部記録に残してるし、早々にお金にしちゃうよーん」とあっけらかんと言ってました。強い人だなと思いましたよ。底知れない闇を抱えている感じもありました。
 実際、離婚1年後くらいに出した小説は、伊原さんと成海さんの不倫問題をそのまま書いたようなものでしたし。あれ、当事者が見たら「実は知ってたの?」って震えるんじゃないかと思いました。まーちゃんちょっと怖いなと感じましたよ、正直。
 ただ、まーちゃんが出すコンテンツをもう見れないと思うと寂しいです。私は「題材」にされることはないと思うので、安心して読めたはずなので。


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