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父・高梨昭夫の証言 【小説】どの顔もあの女#33

 はあ、あなたが真矢とお付き合いしとった方ですか。そうですか……(しばし沈黙)。真矢が男の人を家に連れてきたのは、哲哉くんだけやったね。ああ、離婚しましたけど、結婚してた相手です。籍を入れた年の正月に連れてきて。「この人と結婚したよ」言うてニコニコしてました。一回しか会ってませんし、連絡も取ってないので、ほとんど覚えてません、哲哉くんのことは。

 ほんで、今日は何を聞きたくて来られたんですか? 真矢がどんな子どもだったか、ですか。はあ……。私もね、娘のことはようわからんのです。いろんなことが報道されてるのも見ましたけど、ますますわからんようになってます。この記事に書かれとんのは、ほんまに真矢のことなんかな、って不思議に思うこともありました。
 真矢が小さい頃は、私は仕事ばかりしていましたし、子育ては妻に任せきりでした。休みには家族で出かけたり、旅行に行ったりもしましたよ。でも、当時真矢と何を話したかも、覚えてないんですわ。
 中学か高校くらいから、私とはあまりしゃべらなくなりましたし。かといって、反抗期的なものはあまりなかったようにも思います。キツい態度で当たられたことはないですし。ただ、内にこもっているような感じって言うんですかね。

 高校を出てからは東京に出ていって、帰ってくることもほとんどなかったもんですから、私は18歳までのあの子のことしか知らないんです。うちを出てから連絡もあまり取ってませんしね。父親ですけど、親なんてそんなもんかと思います。子どものことを知っているようで、実際はよう知らんっていうかね。
 真矢の携帯に私からの誕生日祝いメールが残っとった? ああ、はい、毎年誕生日にはメールを送ってました。それくらいしか連絡するきっかけはないです。真矢も私の誕生日にはメールをくれましたね。社会人になってからは、毎年ケーキとかお菓子が届くようになってました。

 すんません。真矢のことを話そうとしても、本当にようわからんのです。ただね、何を言っとんと思われるかもしれんけど、真矢が死んだっていう実感は未だにないんですよ。そもそもあの子がうちにいたときのことが幻みたいに思えてきてね。変な感じです。


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