山下洋輔「アメリカ乱入事始め」

<今さらアメリカまでジャズをやりに行って何が面白い、と言われても困る。1985年8月14日の昼、おれたちを乗せた日航ボーイング747はもうヤケクソで成田の空に飛び上がり、そのまま乗客全員の吊り目の念力によって太平洋の上をすっ飛んでいった。>
<「アメリカに行ってみませんか」と言われれば、バンドマンなら誰だって「行きます行きます」と言う。「ミシシッピをさかのぼりませんか」と聞かれれば即座に「さかのぼりますさかのぼります」とシャチホコジャケのような勢いでご返事をするのだ。
ニューオリンズに生まれたというジャズは、ミシシッピ河をさかのぼって沿岸の町々に毒花の種を播き散らし、シカゴに着いてアル・カポネと出会うとさらに大きな猛毒花となった。しまいにはとうとうエイズと化してニューヨークに攻め込んだといわれるのだが、その跡をたどろうというのだ。>と本文にあるように、本書は山下洋輔さんがアメリカに乗り込み、行く先々で現地のミュージシャンとジャム・セッションを行った顛末を綴った抱腹絶倒の紀行エッセイです。

山下洋輔さんの紀行エッセイといえば、坂田明さんや小山彰太さんとの「山下洋輔トリオ」でヨーロッパを席巻した(あまりに大受けするので、彼らの後に演奏するのを他のバンドが嫌がるようになったため、常にトリで演奏することになったという逸話があります。)時代のものが知られていますが、今回演奏するのは山下さんひとり。その代わり発起人の磯村プロデューサー、カメラマンの北島敬三さん、「目撃人」として参加の鴻上尚史さん、通訳兼コーディネーターの生田朗といったが同行し、彼らのユニークなキャラクターと、やりとりも本作の大きな要素となっています。

ジャズのルーツをたどりつつ、現地のミュージシャンと音楽で交流するという、それだけでも充分面白くなりそうな内容を更にふくらましているのが山下さんならではの文章です。

山下さんの文章の特徴をまとめるならば、以下の点があげられます。
•クレイジー・キャッツやジョージ川口など昭和のジャズ・ミュージシャン伝統のユーモアとホラ話
•落語に対する深い素養
•SF。特に筒井康隆の影響によるハチャメチャなギャグと手法
•中村誠一(山下トリオ初代サックス奏者)~坂田・小山~タモリと発展してきたハナモゲラ語

これらが絶妙にブレンドされたスイングする文章が山下エッセイの魅力といえるでしょう。さらに本作では単調な叙述を避けるために編み出した、任意に「目撃人」の鴻上尚史さんを呼び出し、会話の形式で解説や脱線をするという趣向が効果をあげています。

時には1日で5回の乱入を敢行するというハードかつごきげんな旅の終着点はニューヨーク。名門ジャズ・クラブ「スイート・ベイジル」でのライヴと、ラフマニノフの自宅にあったピアノを使用してのレコーディングでした。その後もジョン・ライドンのレコーディングを見学したとか、坂本龍一さんが山下さんの部屋に来てピアニカを吹きまくったというエピソードも書かれているのですが、この辺りは紙数の関係かあっさりとすまされているのが残念です。

この「アメリカ乱入」後、山下さんは毎年渡米して演奏するようになり、「山下洋輔ニューヨークトリオ」を結成し、更なる充実した活動を展開していきます。本書はそうした山下洋輔さんのキャリアの転機に当たる時期の貴重なドキュメントでもあるのです。

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