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早川茉莉 編『玉子 ふわふわ』

町の噂じゃ 40ダースの玉子が
4丁目のぼくの 部屋の鍵をこじあけた
何も知らない 十代半ばのぼくは
ステンレスの角で 玉子を割ってる
キッチン カッキン 今日もクッキン
(moonriders「真夜中の玉子」より)

40ダースとまではいきませんが、実に37人の作家による玉子についてのエッセイをまとめたアンソロジーです。早川茉莉さんによる編集で、2011年にちくま文庫のためのオリジナルとして刊行されました。

どのエッセイから読み始めても、食欲をそそらずにはいられない玉子料理のオンパレード。早川さんが愛してやまない森茉莉「卵料理」に登場する目玉焼きやオムレツ。オムレツをポピュラーにした石井好子による「東京の空の下オムレツのにおいは流れる」。向田邦子らしい落ち着いた筆致で書かれた、人生の様々な場面で出てくる玉子の思い出「卵とわたし」。東海林さだおが提唱する「目玉焼きかけご飯」。文庫にかきおろしで収録された、音楽家・山本精一が「たまごの中の中」で紹介しているおどろきのレシピ“ハッサクたまご”。犬養由美子が日本人にとってのたまご料理の原点を語る「卵かけごはん、きみだけ。」。料理研究家・辰巳芳子による、10個の卵を一気に厚手鍋に流してつくる厚焼き玉子のレシピがうれしい「感応を頼りに」などなど。他にも武田百合子、池波正太郎、吉田健一、嵐山光三郎、北大路魯山人、田辺聖子、といったそうそうたるメンバーが並びます。

合間に挿入された早川さん自身によるコラムや解説も楽しくて読み応え十分。村上春樹「ノルウェイの森」から、緑の台詞を引用して「新しいブラジャーよりも玉子焼き器を買うことを選択するなんて、緑はなんてすてきな女の子だろう。」と感嘆するくだりは、まさにこうしたアンソロジーを編んだひとならではの着眼だと感服しました。

本書は決してボリュームのある一冊ではないのですが、読み終えたら心地よい満腹感が読者を包んでくれるはずです。

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