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安野光雅・大岡信・谷川俊太郎・松居直『にほんご』

画家・安野光雅がお亡くなりになりました。『津和野』や『旅の絵本』から『ふしぎなえ』や『はじめてであうすうがくの絵本』などに至る数多くの作品や、挿絵や挿画を通して、たとえ名前を意識せずとも彼の作品に親しんでいた方は多かったでしょう。かくいう私もその一人です。94歳ですから大往生といってもよいかもしれませんが、寂しい気持ちはぬぐえません。

この『にほんご』は1979年に文部省(当時)の学習指導要領にとらわれない、小学校一年生のための国語教科書を想定して制作され、福音館書店より発売されたもので、安野光雅の他に大岡信、谷川俊太郎、松居直が編集委員となっています。もちろん表紙をはじめ、ふんだんに挿入されている挿絵は安野によるもの。やわらかいタッチと色彩で描かれた子どもたちや、動植物、風景、『あいうえおの本』に通じる、ひらがななど、久しぶりに手に取って読み返していたら、教科書であることを忘れて、一冊の画集として楽しんでしまいました。

内容も優れたものであることは言うまでもありません。やさしい言葉づかいで、言葉のもつ働きや機能をわかりやすく語りかけています。

ないたり ほえたり さえずったり、
こえをだす いきものは、
たくさん いるね。
けれど ことばを
はなすことの できるのは、
ひとだけだ。
(《おはよう・こんにちは》より)

えいごでは、じぶんは いつも I(あい)
あいては いつも you(ゆう)
にほんごのいいかたと えいごの いいかたの
どっちが いいかは きめられない。
(《あなた・わたし》より)

ことばには いつも きもちがかくれている。
けれど きもちが あんまり はげしくなると
ひとは それを ことばに できなくなることもある。
わらったり ないたり
ひとりぼっちで だまりこんだり、
ぼうりょくを ふるったり・・・
そんなとき、ことばは こころのおくふかくかくれている。
(《きもち》より)

また、言葉の広がり、言葉遊びも豊富に紹介しています。一例として、イソップ物語のひとつを共通語、秋田の方言、熊本の方言で例示してから、こう続けています。

おんなじ はなし おんなじ にほんごでも
すこしづつ ことばが ちがうね。
ひとくちに にほんご といっても、
すんでいる ところによって はなすことばは ちがう。
じぶんの うまれた ところの ことばは、
がっこうで ならう ことばや、ほんに かいてある ことばと、
おんなじくらい たいせつだ。

言葉遊びとしては、なぞなぞや反対語、クロスワードパズルなど多彩な形式が取り上げられています。谷川俊太郎の「ことばあそびうた」や草野新平「おれも眠ろう」が紹介されているのが個人的にはうれしかったです。

全体を通して「言葉」は自分と他人の関係を築く基盤となることが丁寧に説かれています。その延長として、外国の言葉や地方の方言が日本語(共通語)に比べて劣ったものではなく、人々の気持ち・生活に根ざしているかぎり同じ重みをもつのだというメッセージも伝わってきます。

また、言葉の表現としての言葉遊びの重要性も考慮してつくられていて、こうした要素が本書を子どものみならず、大人が読んでも気づきを与えられるものとしています。読んで楽しく、見て美しい。絵本や画集、エッセイと同じく、本書は安野光雅が私たちに残してくれた素敵な贈り物といえるでしょう。

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