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【そもんずの30分でよめる小説】ゴール

キーンコーン、カーンコーン。

公園の向こう側にみえる小学校からチャイムの音が聞こえる。

近くには三歳ぐらいの男の子と女の子が砂場で楽しそうにはしゃいで、それを遠目にお母さん二人が談笑している。

ベンチの上では、作業着を着た五十代くらいの男性がワンカップ大関の瓶に囲まれながら寝入っている。

こんな時間に公園に来るのは何年ぶりだろう。

目の前が真っ暗になってくる。

オレに何が足りないというんだ。

シンジは公園の給水の蛇口をひねり、首から後頭部にかけて水をかぶる。

身体の隅々からこみあげてくるものを止められない。

悔しい。

今まで、こんな風に失敗したことなんてなかったんだ。

シンジは、ビショビショのワイシャツのままベンチに寝転がった。

空はまだ青々としていて、雲ひとつないその景色に逆にいらだちを覚える。

今日の出来事がまぶたの裏にぼんやり浮かぶ。


いつものように会社に到着したシンジは開口一番
「おはようございます!!!」
会社の代名詞にもなりつつある大きな声で挨拶をした。

何人かは「おはようございます」と返したが、いつもと少し様子が違う。

シンジは少しいぶかしげに感じながらも、部下の田島をみつけた。
「おはよう。今日のNewsPicksの記事読んだ?」
「おはようございます。新田係長。いえ、まだです」
「絶対にお前に役立つから。今から、転送しておくね」

スマホをイジりながらシンジは気づいた。
「あれ、中田は? 今日おやすみ? 」
「はい、先ほど電話がありまして、今日はおやすみをいただきたいと。新田係長に伝えてほしいと」
「そうかあ。最近、ちょっと暗い顔していたから、体調でも悪かったのかな」
「・・・・・・・・」

パソコンを立ち上げていると部長の島田がやってきた。
「おはよう、シンジ。ちょっといいか? 」
「はい、もちろんですよ」

ガチャっ。

会議室にはいると、そこには課長の百田がうつむきながら、すでに座っていた。

どうしたんだろう、一体。深刻な顔をして。
「悪いね、出社したばかりで。」
島田部長は切り出した。

「実は、今日、中田が休んでいるだろう? 何か思い当たるところはないか? 」

「はい、この数週間、中田の顔色が悪くて、気になっていたんです」

「そうか。じゃあ、なぜ、顔色が悪かったのか、わかるか? 」

「営業成績がどうしても悪くて、僕もかなり叱咤激励をしたんですが、どうしても結果が出なくて、それが原因だったと思います。あとは、彼女に最近フラれたみたいな話も周りから聞いたので、それも、もしかしたら関係しているのかな、とは思っていました」

「そうか、わかった。ありがとう」

そう言って、島田部長は半分に減ったお茶を一気に飲み干した。百田課長はまだずっとデスクに視線を落としたままだ。

「君が係長になって半年が過ぎた。とてもよく頑張ってくれていると思う。この半年どうだった?」

「はい、初めて部下を3人持たせてもらったので、最初は本当に苦労しました。でも、徐々に自分なりにうまく部門として数字を出せるようになってきたと思います」

「そうだな。チームとしては、目標を110%で達成できそうだ。メンバーとの関係性はどうだ?」

「はい、まだまだ経験は足りませんが、僕が率先して数字を作っている姿をみて、みんな頑張ってくれていると思います」

「そうか。実はな、昨日、中田たち3人から呼び出された。どうしたんだ?と聞いたところ、『お前の下ではもう働きたくない。彼を係長から降ろしてくれ』とみなが言うんだ。」

「えっ?」

状況を理解するまで数十秒を要した。
数日前には、一緒にお酒を飲みに行っていたというのに。

「どうして、、、ですか? 」

「それはなあ、オレも悪かったとは思っているんだが、お前にはまだ、早かったのもしれない。そして、この3人だけではなく、隣の営業部からもクレームが入っていてな。この際だ、一旦、係長補佐という形になってもらえないだろうか」

何を言っているんだ。この人は。
そんなのダサすぎるじゃないか。
同期の中でも一番最初に出世したのに、この後に及んで、たった半年でまた係長補佐になれだと?ふざけるな。そんなこと絶対に許せない。

どうやって同期や彼女に言えばいいというんだ。

「部長、お言葉ですが、それは決定事項ですか? 」
「そうだ、決定事項だ」
「・・・・」

数十秒の沈黙のあと、頭の中で何かがプチッと切れた音がした。

シンジは何も考えられず、ドアを開けて、走り出していた。
「おいっ、待て、シンジ」
部長の声が耳に入ることはなかった。
飲みかけのお茶と下をうつむいたままの課長が会議室に残されていた。

プライド

オレにミスはなかった。どうして、あいつらはオレをはめるみたいなことをしたのか。オレはそんな失敗はしないんだ。

まだ明るい公園で、青い空を見上げながらシンジはぼんやり考えていた。

中高と学校でもトップクラスの成績で大学は地元の国立大学を卒業したし、就職活動もうまくいって大手の野友不動産に入社した。出世も同期では一番早かったし、プライベートは取引先の美人受付のマリともうまくいっている。

完璧な人生を歩んでいるオレに降格しろだと?
ナメてイヤがる。

周りをみるといつの間にか、子供たちは姿を消して、作業服のおじさんがカップ酒をまたちびちびやりだしていた。

ハッとして、腕時計をみた。
今日は、マリと七時に約束をしていたんだった。

シンジは、ベンチからぬくっと起き上がると、近くの駅に向けて歩き出した。

彼女の想い

七時に、モヤイ像。
いつものデート。

今日は金曜日だから平日よりも人が多い。大学生の男女の集団、一人で待っているスーツを着こなしたサラリーマン、彼氏を待っているであろうOLがぐるりとモヤイ像を取り囲んでいる。

「ごめん、待った?」
いつものように十分おくれでマリはやってきた。

「うん。大丈夫」
「何食べに行こっか?今日は、新しくできたお店にいきたいんだよう」
「うん、いいよ」
「どうしたの?なんか元気なくない?」
「いや、大丈夫いこう。」

マリが手をつなごうとしてもシンジは手をつながないので、仕方なくマリは左腕に腕をからませた。

道玄坂を登った交番の隣のビルに新しいお店はできていた。

暖色系のランプが炊かれて、新しいお店なのに、昔からそこに佇んでいたかのような雰囲気がある。

入り口から地下に入ってゆくと、すでにたくさんの客がところ狭しとひしめき合っている。

カウンター席にすわると、おすすめの海老のアヒージョとカプレーゼに、スパークリングワインを注文した。

「乾杯」
そういってマリはいつものように楽しそうにしている。

「やっぱり、今日のシンジおかしいね。どうかしたの?」
「ん、何でもない」
「何でもないことはないよね。いつもと絶対に違うよ。相談にのるよ?」

スパークリングワインに一口だけ口をつけて、シンジはカウンター越しにみえるテキパキと動くシェフの姿をぼんやりと追っている。

「なんかさあ、会社で色々言われたんだよね」
「へえ、それで落ち込んでいたんだ。私なんて毎日だよ」
「いや、一緒にしないでくれマリと」
「なによ、人が気にしてあげているのにさ」
マリはスパークリングをワインをぐいっと飲み干し、すぐに赤ワインを注文した。

「でも、今までそんなに落ち込んだことなかったじゃない?」
「・・・・・・。そうだよ。オレは今まで失敗したことなんてなかった。でも、今日、初めて失敗した。人生で初めてな」
「そんなに大きな失敗なの?」
「ああ、そうさ。部長から係長補佐に降格しろっていわれた。半年前に昇進したばかりなのに。で、降格を画策していたのはオレの部下たち。絶対にあいつら許さない」
「何か原因はあったの?」
「あるわけないだろう。オレに落ち度は何もない。チームの数字も良かったんだ。それなのに・・・」
「うーん、そっか。私にはあまり詳しいことはよくわからないけど、シンジは頑張ったんだもん。大丈夫だよ」

何?
頑張った?
でも、ダメだった?
オレが?

ふざけるな。マリまであいつらの味方をしてやがる。
「おい、もう出るぞ」
シンジはスパークリングワインを一気に飲み干し、マリの腕をつかんで店を出た。

「シンジ、もう、痛いって、やめて。どうしたの?今日はおかしいよ」
「いや、おかしくなんかない。オレはいつも通りだ。行くぞ」

そこには道玄坂のきらびやかなネオンが立ち並んでいる。

「イヤだって。絶対に今日のシンジ、おかしいもん」
「大丈夫だから。早く行こう」
「やめて!!」

パシッ。
強く掴まれた左手を振り解くと、右手でビンタを食らった。

「何よ。私だって、イヤな時くらいあるわよ。でもね、そんなに人に当たり散らかすシンジは嫌い。今日はもう帰る」
「おい、待てよ」
そう声をかけようとしたときには、すでにマリの姿は渋谷マークシティの入り口に向かっていた。

今日はついていない。
すべてが。

街をふらつき、ボーイにたくさん声をかけられたが、何も目に入らない。
シンジは渋谷の街を後にした。

再び

月曜日の朝。

いつもなら、飛び起きることができるのだけど、今日は体が重たい。
体を起こそうとしても起きれない。
(どうしたんだろう・・・)

仕方なく、スマホを取り出し、課長の百田に電話をする。
「おはようございます、百田課長。今日なんですが、おやすみいただけますか?ちょっと体調が悪くて」

「どうしたシンジ、大丈夫か?金曜日のこと、気にしているのか。本当にすまなかった。オレが本当はお前をかばってやらなければいけなった。まだ、お前は若いからこれからチャンスはたくさんあるんだからな。腐ることはないからな。今日は一日ゆっくり休んで、明日、会社に来いよ」

「はい、ありがとうございます。今日はゆっくり休みます」

そう返事をしてから、二日が過ぎた。

「だめだ、会社に行きたくない。俺が失敗したなんて、カッコ悪すぎる。でも、すでに3日間を休んでる。そろそろ、行かなくては」
シンジは無精髭をまだらに残した顔で会社に向かった。

「おはようございます」
いつもの大きな声とは全く違う元気のない声に、周りは反応さえしない。

シンジはそのままいつもの席につく。
「おはよう」

部下の田島がパソコンをみつめながら小さな声で
「おはようございます」とつぶやく。

トイレから戻ってきた百田課長はシンジを見つけるとすぐに声をかけた。
「おはよう。シンジ。大丈夫か?」
「はい。。。大丈夫です」
「ちょっといいか」
「はい」
会議室には通されたシンジは百田課長と向かい合って座る。

「そんなに落ち込むなよ。誰だって最初は失敗するんだ。人のマネジメントを。俺だって最初は何度も失敗したんだ。大丈夫、今回をバネに頑張って行こう。俺もサポートをするから」

「課長、大丈夫ですよ。でも、課長は今まで降格されていないじゃないですか。僕の気持ち、それでもわかりますか?」

シンジは、課長の顔をジロリと見上げていった。
「いや、確かにそれはない。でもな」
「もう、いいです。課長。僕は失敗したんです。誰もしたことがない降格が何よりの証拠でしょ。もういいんです」
そういうと、シンジは会議室を後にした。

会議室を出ると、周りのスタッフがシンジの顔を見ると、すぐにパソコンに向かって顔を戻した。そこには、自分が一番可愛がっていた部下の3人も含まれていた。

なんだ、この違和感は。
みんなが、俺のことを無視しているじゃないか。

いやだ、いやだ。

その後のことは、あまり覚えていない。
一日を適当に過ごしたあとは、いつの間にか家に帰り、横たわっていた。


切符

ブルブル、ブルブル。

スマホがベットの上でずっとなり続けている。
LINEのメッセージはすでに200件を超えている。
スマホを見る気にもならない。

もうダメだ。

今日はもう金曜日なので、ここ数日は家にこもっている。
コンビニ弁当とビールの空き缶ががそこらじゅうに散乱している。
スマホの時間はすでに昼の十二時半。

ドンドンドン、ドンドンドン。
強いドアを叩く音がした。
「おい、シンジ。シンジ。大丈夫か?」
部長の声だ。
「おい、いるなら返事をしろ」
なんだ、部長か。何しにきたんだ。

「いるなら、開けろ!」
ガシャ。

シンジはドアを開いた。

「良かった。シンジ。ほんとに良かった」
顔を紅潮させた部長がそこに立っていた。

何を言っているんだ?この人は。何を良かったと言っているんだ。

「シンジ、ちょっと上がって良いか?」
「はい、汚いですが」
ゴミが散らかった床を通り抜けて、ソファーに座る。

「シンジ、お前、今から一緒に病院に行こうか」
「え、どうしてですか?」
「ちょっとなあ。見ていられないんだよ。善は急げだ。早く支度していくぞ」
「ちょ、ちょっと待ってください」

パーカーを羽織っただけの簡単な格好のまま、近くに停めてあったタクシーに乗せられたシンジは、一緒に病院に行くことになった。

近所の山下メンタルクリニック。

診察を終えると医師から伝えられた。
「うつ病の初期症状ですね。ストレスだと思うので、1ヶ月くらい会社を休まれてはどうですか。診断書も書きますので」
「えっ、僕うつ病なんですか?」
「今の状態で頑張っていたら本当にうつ病になってしまうので、少しお休みしましょうということです。大丈夫ですよ。ストレスから離れればよくなっていきますから」

診察室を出ると、部長が待っていた。
「どうだった?」
「うつ病の初期症状ですって。1ヶ月、会社も休むように言われました」
「そ、そうか。大丈夫。会社の手続きは俺がすべて責任をもってやっておくからな」
そういって、部長はシンジを自宅までタクシーで送り届けた。


帰省

あれから、あっという間に3週間が過ぎた。

朝も以前より起きれるようになってきた。
まだ、医師からは順調に回復しているよと言われている。

そろそろ、家から出たい。

散らかった家をみかねて、掃除をしていると、1通のハガキが出てきた。

「豊橋第一小学校同窓会のご連絡」

ああ、小学生の同窓会か。
久しく誰にも会っていないなあ。

日付をみて驚いた。

なんだ、これ、今日じゃないか。

シンジは自然と旅支度を始めていた。
東京駅につくと豊橋までのチケットを購入し、新幹線に飛び乗った。

いつぶりだろうか。実家に帰るのは。

品川駅を横目に窓の外を眺める。昔、大学時代には年に何回か帰省していたのがよみがえってくる。

当時は恋しくて仕方なかった帰省が、今はどこか見知らぬ土地に初めて向かう感覚に変わっていた。

二時間ほどで豊橋に到着した。

ああ、久しぶりの空気。
エスカレーターを降りると、そこには懐かしい景色が見える。
タクシー乗り場でタクシーに乗り込むと実家には十分で到着した。

鍵をあけて中にはいる。
「ただいま。誰かいる?」
「誰? あれ?シンジじゃない?どうしたの?急に帰ってきて。」
「ああ、ちょっと久しぶりに帰ってきたいなと思って」
「そうなの? 早くあがって、あがって」
靴をぬいで、家に上がるとなぜか違和感が残った。

母親以外がいない居間をみてシンジはソファーに腰をおろした。
「あれ、みんなはいないの?」
「うん、お父さんはご近所さんと昼間から、一緒に飲みに出かけちゃって、由美子はまだ大学」
「そうか。」
「あんた、仕事は大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。バッチリ。」
「そう、良かった。本当に。健康だけが一番なんだからね。別に仕事で出世しなくてもいいんだから」

ギクリ。そうこの母親はどこか、そういう直感だけはいつもはたらく。
危うくボロを出しそうになった。26歳にもなって親に心配をかけるわけにはいかない。

「じゃあ、今日はシンジの好きなお夕飯にしようかしら。あんたが急に帰ってくるもんだから、何も用意していないのよ。今から、すぐに買い出しに行ってくるからちょっと待ってて」

「いや、大丈夫だよ。今日はね、同窓会があったから戻ってきたんだ」

母との久々の会話を楽しんだあと、シンジは同窓会の会場に向けて歩き出した。

懐かしいなあ、この道。
ほとんど変わらない。

小学校は歩いて十分ほどで到着した。
何も変わっていない。でも、校庭がちょっときれいになったな。

小学生時代の思い出にふけりながら、夕日に照らされた校舎を横目に歩き出した。

今日は、小学校の裏のお店で同窓会なのだ。

この街には不釣り合いな高級感のある小料理屋が、住宅街の中にポツンと立っている。

ガラリとドアを開けると「いらっしゃい」という元気の良い声が聞こえた。

お店の奥のほうからは、ざわざわした声が聞こえてくる。
「おおー、シンジ君。よくきてくれた!」
「お、おう、久しぶり、山ちゃん」
「みんな、もう奥に入っているから、さあ、中にはいってはいって」
カウンターの中からみえる職人姿の山田が答えた。

「ありがとう。元気そうだな、山ちゃん。職人がだいぶ板についたみたいで」
「はは、ありがとう。でも、まだまだ。親父にはかなわない」
隣では、地元では有名な和食料理人が黙々と料理の準備をしている。
昔、お世話になったおばちゃんも料理を運ぶのにせわしなく動き回っている。

奥の座敷に向かうと懐かしい顔がたくさん迎え入れてくれた。

シンジは、仲のよかった仲間たちとの再会に、いつの間にか忘れてしまった安堵感に包まれた。

会も終盤になったころ、着ていた職人服から普段着に着替えて山田が部屋に入って来た。
「おお、山ちゃん。今日はありがとうな。さあ一杯」
「ありがとう。もう、親父が後はやるから楽しんできなって」
「良い親父さんだね。ちょっとこわもてだけど」
「いや、怖いどころじゃないよ。でも、今は、師匠として尊敬もしてる。なかなかあの人の域には到達できそうにない」
「すごいなあ。父親と尊敬できる関係はうらやましいよ」
「どうだろうな、ただ愚痴をいえる親子関係のほうがいいと思うよ。やっぱり」
「そんなものなのかな。俺にはないものねだりにも聞こえるけど」
ねぎらいの言葉を山田にかけていると、席の中央に陣取った今回の同窓会の幹事が大きな声を張り上げた。

「えー、みなさん。えー、みなさん。聞こえていますか?そこちょっと静かに!さて、今日はみなさん集まっていただきまして、ありがとうございました。まさか企画した時点では25人も集まるとは思わなかったのですが、幹事としてはとても嬉しい限りです。さて、今日は我らが恩師にもお越しいただきました。では、先生からまずは一言よろしくお願いします」

いくぶん白髪が増えた先生の挨拶が始まると、みんなが視線を集中させた。

なんだか、懐かしい光景だな。

この先生にはいつも褒められていたっけ。
シンジは、昔の授業を思い出しながら、物思いにふける。

「先生、ありがとうございました。では最後に、今日のこのお店のご主人である山ちゃんにお話いただきましょう。みなさん、ご存知のとおり、山田屋は普段は僕らみたいな一般庶民には、なかなか手が出ない高級店ですが、今回は同窓会ということで格安でご提供いただきました。ありがとうございます。では、山ちゃん、よろしく」

シンジの隣に座っていた山田は、そろりと立ち上がり、顔が見える中央席へと移動した。

「えー、今日はみなさん、わが山田屋にお越しいただき、ありがとうございました。みなさん、料理はどうでしたか?」

「おお、最高だったよ」と大声でお調子者の香川が叫んでいる。

「ありがとう。
今日は、ぼくの夢が叶った一日です。みんなに僕の料理を楽しんでもらうという夢が。それを実現できて本当に嬉しいです。また、みんなにも気軽に寄ってほしいので、今後とも山田屋をごひいきにお願いします」

最後は、お店の人としての片鱗を見せながら、山田は挨拶を終えて、シンジの隣の席に戻ってきた。

「それでは、宴もたけなわではございますが、一旦、一次会はこちらで終了したいと思います。二次会は、この近所のカラオケを用意していますので、参加される方は僕についてきてください」

ざわざわと皆が席を立ち始めた。女の子たちは、女子同士で固まり、男は男同士で固まっている。

もう二六歳だというのに、あいかわらずだなと思いながら、シンジは立ち上がった。

少し遅れてからカラオケに到着すると、すでに香川がマイクを独占して、ブルーハーツを歌ってはしゃいでいた。

歌はうまいけど、調子にのると手がつけられない。
そんな香川を遠目にみながら、シンジは端っこの席に陣取った。

隣には、ちょっと疲れたけど充実した表情を浮かべた山田がすでにいた。
「疲れて見えるけど、大丈夫?」
「うん、大丈夫。お気遣いありがとう。ところで、シンジ君は今、東京で働いているんだっけ?昔から頭が良かったからなあシンジ君は。クラスの一番の出世頭だもんな」
「いや、そんなことないよ」
「どう、仕事は楽しい?」
「う、うん」
「そうか、それは良かった。仕事が楽しいことが一番、大事だもんな」
「山ちゃんはさっき、昔からの夢が叶ったって言ってたよね。それは本当なの?」
「うん、そうだよ。昔から夢見てた。でも、最初にきっかけをくれたのはシンジ君たちなんだよ。覚えているかな。昔、うちで僕の誕生日会をやったこと」

遠い記憶の中に、うっすらと参加した覚えがある。

「あのときにはじめて、親父と一緒にお店で出すのと同じ料理を作って、みんなにふるまったんだ。そしたら、みんなすごく喜んでくれて。ああ、毎日こんな気持ちになれたら最高だな、と思ったんだよね」

シンジはなんとなく思い出しはじめた。

なんだったか忘れたけど、器がこったデザートを誕生日会で食べた気がする。

「そうか、あのときの体験が今に至っているんだな。すごいね、それをずっと持ち続けて、今に至っているのは。楽しいから苦労はなかったでしょ」
「いや、本当に最初は地獄だったよ。専門学校を出たあとは、親父の知り合いの京都の料亭に3年間、そのあと東京の小料理屋に2年間修行に出ていた。最初は早朝の下ごしらえから夜中の掃除まで毎日が地獄みたいだった。途中で何度逃げ出そうか、考えたけど、そんなことあのオヤジが許すわけないだろ?」
「確かにそうだな(笑)」
「毎日が無我夢中だったけど、でも、あの時の誕生日の日の一瞬が僕にとってはとっても大事で。それをまたやってみたいという思いが苦しい修行を耐えられた理由だと思う。」

数秒の出来事だったけれども、シンジには一時間経過したかのように感じた。

すでに泡のなくなったビールをごくりと一口含んでシンジは切り出した。
「強いな、山ちゃんは。オレなんて、何もないよ。実はね、今はちょっと会社を休んでいるんだ。仕事がうまくいかなくてね。」
「そうだったんだ。エリートのシンジ君にしては珍しい」
「僕にとっては人生で初めての挫折でね。同期でも一番の出世頭だったのに、先日、降格させられたんだ」

あのときの悔しい感情が沸々と湧き上がってくるかと思っていたけど、こうして山田に話をしていると思ったより素直に話をできている自分にシンジは驚いた。

「そうか。シンジ君はいつも失敗知らずだったからなあ。俺みたいな劣等生にはわからない悩みだな。でも、シンジ君にとっては大きな経験だったんじゃない?」
「そうだね。大きな経験だった。自分が失敗するなんて思っていなかった。とくに自分の部下からボイコットをされるなんて」
「そうか。でもシンジはいつもリーダーだったじゃない。学級委員もそうだし。みんな、シンジ君を慕っていたよ。あと、よく探検隊をやってたじゃない」
「どうだろうな。小学生の頃の話だから。大人の世界とは違うよ」
「そうかなあ。いつもみんなの意見を聞いて、弱い子には目をかけていたじゃん。だから病気がちだったヨシコちゃんはシンジに告白したわけでしょ」

すっかり忘れていた。

クラスで病気がちだったヨシコさん。一時期、他の男子から病原菌扱いされていたことに、怒り狂ったんだっけ。

「そんなこともあったね。今日、ヨシコさんは来ていなかったよね」
「あれ、シンジ君、知らなかったの?彼女2年前に病気で死んじゃったんだよ」
「えっ」
シンジは、自分に告白してくれたあの子のことを思い出して絶句した。

どうして、死んだんだろう。


告白

二月の寒い放課後。シンジたちは校庭でサッカーをしていた。

そこにヨシコさんがやってきて、シンジたちを目で追っている。
学校のチャイムが夕方五時を告げ始めた。
「おーい、みんな、そろそろ、帰ろうぜ。」
シンジは一緒にサッカーをしていた友人たちに声をかける。
引き上げようとしているとヨシコさんがシンジに近寄ってきた。

「あ、あの、シンジくん。こ、これ、よかったら、受け取ってもらえないかな」
「ん、何それ?」
「あ、あの、チョコレート・・・」

周りのサッカー仲間が寄ってくる。
「おーい、田辺さんがシンジにチョコレート渡してるぞー。ヒューヒュー」
「おい、やめろよ。オレは別に好きじゃないし」

ヨシコさんは、頬を真っ赤に紅潮させ、マフラーで顔を隠したまま走り去ってしまった。

「モテモテだなあ。シ・ン・ジ・さ・んは!」
「おい、やめろって言ってんだろ」
シンジは人生で初めてもらったチョコレートを手にして、照れを嬉しさで何がなんだかわからなくなっていた。

「シンジー、ごはんよー」
「わかったー。今いくから」
自宅に帰ってからも、ベッドに寝転がりながら、なんとも言えない不思議な気持ちで、もらったチョコレートを持ち上げ見上げていた。

そんな小学生の頃の2月14日を覚えている。

ヨシコさんは二年前に死んだ。

今、思い返すと自分が放った「オレは別に好きじゃないし」というコトバは本当に正しかったのか。

「まあ、人生はどうなるかわからないからな。自分が納得する生き方をするしかないよな」
まるで全てを悟ったかのようにカラオケの画面を凝視しながら、山田は言った。
「そうだな。納得しないとな」


回顧

同窓会の帰り道、シンジは満天の星空が輝く道を一人とぼとぼ歩きながら考えていた。

今日は色々なことがあった。
オレは何をやっていたんだろうか。

山田は、昔からの夢をかなえて厳しい料理人の修行を終えて、今日、夢を叶えた。そして、納得した人生を歩んでいると言った。

一方で、田辺ヨシコさんは、たったの二十四歳という若さで夢半ばに死んだ。まだ、やりたいことも、たくさんあっただろうに。

オレはまだこうやって生きているのに、何をしているんだろう。

オレにとって納得する生き方とは何なのか。
わからない。
なんだろう。
今まで、二十六年生きてきた中で、一番自分が心地よかったのはいつだろう。。
とぼとぼと夜道を歩きなながら、月を見上げる。

そうだ、思い出した。
それは、小学生のときのシンジ探検隊だ。
あのときの冒険は本当に楽しかった。
どうしてだ?
冒険自体も楽しかった。でも、一緒に遊んでいた香川や妹たちと一緒に冒険することが楽しかったんだ。

僕はいま、冒険をしているのか。
それは形を変えてはいるけど、冒険をしている。それは確かだ。
じゃあ、そのときと今とは何が違うんだろう。

数十秒の間、考え続けて、シンジはハッとした。

そうか、そうだったのか。
数ヶ月は封印していた心の中のつっかえが喉元からとれたが感じがした。
視力が悪くて、いつもはぼんやりしか見えないお月様がくっきりと輪郭まで見える。

ぶるぶる。

LINEのメッセージが届いた。マリからだ。
「シンジ、大丈夫?全然連絡くれないけど。元気かな。心配だから返信して。前のことは許してよ」

シンジはラインのビデオ通話ボタンを押した。すぐに回線は通じた。
「マリ、元気?」
「もう、シンジ。心配したじゃない。どうしてたの?」
「今ね、実家に同窓会で帰って来たんだ。ほら、月がきれいだろ?」

スマホのカメラを反転させて、会話を続ける。
「月はきれいだけど、大丈夫なの?」
「うん、もう大丈夫。今日、同窓会に行ってね、思い出したんだよ。大事にしていたこと。自分のゴール。

それは、キャリアの先にあると思っていたんだけど、実は、もう小学生の頃にゴールにいたんだよ、ぼくは。

今、ぼくが見ているゴールは、本当のゴールじゃなくて、ゴールの先にあるおまけなんだって。今日、ようやく気づいたんだ」

シンジは、今までたまっていたものをすべて吐きだすようにマリにしゃべり続けた。
「うんうん、それで?」

いつもの元気を取り戻したことを察したマリは、まるで子供をあやすかのようにシンジの話に耳を傾けつづける。
「それでね、もう一度、小学生のころに立っていたゴールにこれから戻ろうとおもう。そんなオレでもこれからも付き合ってもらるかな?」
「ダメっていえないでしょ、こんな子供みたいな声をきいたら」

二人はシンジが実家に帰るまでの間、久しぶりに清々しい会話を楽しんだ。


回帰

「おはようございます!!」
大きな声がオフィスにこだました。パソコンに釘付けになっていた目が入り口に注がれる。

「おはよう!」
シンジは中田に挨拶をする。

「あ、あ、おはようございます。もう、大丈夫なんですか?」
「ああ、もう大丈夫。ゆっくり休ませてもらったからね」
「良かったです。なんだか。本当になんだかすいません」
「いや、もういいんだ。ようやくわかったんだ。こちらこそ、悪かったな。
いつも営業成績の数字のことばかり言って、お前らの気持ちとか考えとか何も聞いていなかったから。

ようやく思い出したんだ。俺がやりたいと思っていたことと今までがずれていたことが。もっと良い隊長になるから、認めてもらえたあかつきには、また一緒に冒険楽しもうな。」

「え、あ、はい。」

中田は、シンジの妙に明るい表情に少し困惑しながらも、元気になった姿をみて安堵した。

それは、その姿をみていた部長や課長も同じだった。

「よし、今から朝礼をはじめるぞ」
部長の一声がオフィス全体に響いた。




ぼくの夢   6年2組 山田 一郎

将来ぼくは、一人前の職人になって、みんなを山田屋にしょうたいしたいと思います。

でも、そのためには、たくさんの修行をしないといけません。
それは、とてもきびしく、つらいものだとお父さんから聞きました。

でも、ぼくは、大丈夫です。

だって、料理人としてみんなの喜ぶ顔をみることが、どれだけ楽しいことなのかわかっているからです。

9月に、ぼくの誕生日会を家でやりました。
香川君やシンジくんら8人くらいが家に来てくれました。
料理はぼくとお父さんで一緒にやりました。

最後に出したデザートは、ゆずを切り抜いてつくるお店でも出すゼリーです。

みんな「すごい美味しい、キレイ」といって食べてくれました。ぼくは、そのとき、なんともいえない気分になりました。とってもうれしくて、その日は一日、ずーっとニヤニヤがとまりませんでした。

こんなニヤニヤ嬉しくなる仕事って、ほんとうにいいなと思いました。だから、ぼくは修行がどれだけ苦しくてもやめません。

いつか、クラス全員を僕の料理でもてなしたいと思います。


わたしの夢  6年2組 田辺佳子

わたしの夢は、長生きすることです。
わたしは1万人に一人がかかるむずかしい病気にかかっているので、なかなか学校にも行けません。いつも病院のベッドから外をながめていると「早く学校に行って、みんなに会いたい」と思います。

病院にいると、ときどき友達がへっていきます。
みんな、そのことはわかっているけど、あまり大きな声では言いません。
お母さんは私にいつも言います。
私よりも長生きしてねって。
だから私は長生きして、お母さんとお父さんとおばあちゃんと弟を喜ばせたいと思います。

お薬を飲むのはいやだけど、そのためにがんばりたいと思います。
お父さんはいつも「お前の成人式の姿をみたい」と言っています。
だから私は、そのためにがんばりたいと思います。



ぼくの夢  6年2組 新田真司

ぼくの夢は、友達と一緒にいろんなぼうけんをすることです。

僕は、よく香川くんとぼくの妹とその友達のミカちゃんと一緒に遊びます。
それはたんけんごっこです。
家の近くの山に入って、たんけんします。

ぼくはいつも隊長です。

隊長だからいろいろなことをやらないといけません。
今日はどこをゴールにするのか、どうやっていくのかを決めたり、ケンカをしたら止めないといけません。

妹とミカちゃんはまだ小さいので、よく転んだり、うまく歩けないときがあります。だから、ぼくはいろんなことを二人に教えます。

香川くんは副隊長だからいつもいろんな作戦の話をします。ときどき意見があわないときがあるけど、最後はふたりで決めます。

ぼうけんするときには、色んなことが起きるけど、ぼくは、今日のゴールをみんなで達成できたときが好きです。
前に一人で探検してみましたが、やっぱりつまらなくて、だれも欠けることなく、やっぱりみんなでゴールをきるのが楽しいなっておもっています。

そもんず

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