見出し画像

西陣の絣と「いとへんuniverse」 vol.2

西陣絣をつくり、伝えるチーム「いとへんuniverse」のこと。
後編は、工芸ライター・白須美紀さんと「いとへんuniverse」の活動についてお届けします。
前編、絣加工師・葛西郁子さんと西陣絣の回はこちらから↓

工芸ライター・白須美紀さん

午後に納品の予定が控えているのにギリギリまで時間をとってくれた葛西さんの工房を後に、今度は工芸ライターの白須美紀さんから「いとへんuniverse」のお話を伺います。
本当ならこの日のうちに福岡に戻る予定にしていたのですが、大雨の影響でなんと新幹線が運休。京都に延泊することになってしまいました。
予定変更した私のために翌日も時間をとっていただき、2日間にわたって白須さんからたっぷりとお話を聞くことができました。

画像4

工芸ライターの白須美紀さん
写真のスカートは「いとへんuniverse」のオリジナル西陣絣を用いたもの。

白須さんはこの道25年のプロの書き手。数年前から工芸を自身のテーマに据えて文筆活動をしています。
おっとりふんわりと優しい雰囲気で、お話ししていると安心してしまう白須さん。ですが、糸と布への愛は熱く、語り出したら止まらない一面も持っています。
お父さんが組紐くみひもの問屋勤めだった関係で家に糸や組紐があったり、伯母さんが綴織つづれおりの織り手だったりと、身近に伝統工芸に関わる仕事を見て育ち、自然と糸と布の魅力に惹かれていったのだそうです。
子供の頃の思い出はご自身の素敵な文章でまとめられているので、ぜひご一読下さい。

そんな白須さんが工芸のこと、特に携わっている職人さん達のことを書いていこう、と決めたのは数年前のこと。
それまでの仕事の中心は広告分野で、クライアントからの要望に時には自分の意思を曲げて応えながら、休みもなく大量の仕事をこなす日々。いつしか白須さんは、身も心も疲弊してしまったのだそうです。
「もういっそ仕事を辞めて織物学校に通おうかと思ってたんやけど、あるとき『やっぱり書くことが本当にやりたいことなんだ』と目を開かれることがあって。それで『本当に書きたいものを、自分のテーマとして書いていこう』と決意したんです。」

さすがは京都、といったところで、工芸分野の中でも陶芸や漆にはもう専門の書き手がいます。自分だけのテーマを模索する中で、白須さんは意外にも書いている人が少なかった西陣織に注目します。
子供の頃から好きだった布のことを書くなら、大きな会社の話ではなく、ご自身の伯母さんのように個人で織っている人を取材したい。布の魅力はもちろん、作っている人の思いを文章で伝えたい。
そう思った白須さんが、友人の知り合いなどで取材を受けてくれる織物の職人さんを探しているうちに出会ったのが、「いとへんuniverse」のリーダーとなる大江史郎さんでした。

結成、チーム「いとへんuniverse」

当時大江さんは、グラフィックデザイナーや実家の絣加工の仕事を経た後、織物職人の道に進んでいました。

画像5

伝統工芸の手織り布は何といってもコストが高いこともあって、主に着物地や帯地として使われています。
手織りの文化を守っていくためには、もっと現代の生活に根ざしたものづくりが必要だ、と考えていた大江さんが、白須さん、葛西さんに声をかけ、2014年にチーム「いとへんuniverse」を結成。さらに半年後、葛西さんの大学の同級生だった染色作家の岡部陽子さんが加わりました。
結成当初は手織りの魅力を伝える、というのが活動テーマだったそうですが、リーダー大江さんの実家が絣屋(絣加工師)だったこと、葛西さんが絣加工師としての独立を決めたことが重なって、一気に「西陣絣をつくり、伝える」という現在の方向性が決まりました。

翌2015年には、クラウドファンディングの支援をもとに「いとへんuniverse」のスタジオを構えます。
拠点となるスタジオで、織機を置いて各自の制作を行ったり、手織り、染色のワークショップや大学生との協働など、西陣絣に興味を持つ方への窓口としての活動が本格的にスタートしました。
さらに、「現代の生活に根ざしたものづくり」というコンセプトに基づき、西陣絣を手に取ってもらうきっかけとして、オリジナルの絣布を使ったストールやクラッチバッグ、アクセサリーなどの商品も制作してきました。

画像5

「いとへんuniverse」オリジナル西陣絣から作られたメガネケース

私が伺ったのはちょうど、2016年に移転した孫橋のスタジオをクローズした3日後、というタイミングでした。
今後は、メンバー各自の工房でのものづくりはもちろん、コロナウイルスの感染状況を見つつワークショップやイベントを行いながら、いとへんuniverseの活動を継続していく予定だそうです。

画像5

「いとへんuniverse」オリジナル西陣絣のストール。淡く移り変わるグラデーションが美しい。

変化をもたらす存在に

「以前取材で地域創生を研究している大学の先生から伺ったんやけど、地域や組織を変えることができるのは、ヨソモノ・ワカモノ・バカモノらしいですよ」という白須さん。
「いとへんuniverse」に関わってくれるのは、西陣織の関係者であれば京都以外のところから産地に入った人であったり、私のような他の産地の人だったり、ということがほとんどだとか。メンバーである絣加工師の葛西さん自身が、そもそも青森の出身です。
地域や組織に脈々とある既存の力学が働かない立場の人にこそ、見えるもの、変えられることがあるのでは、というのは同じく外から久留米絣産地に入った私自身も感じていることです。

西陣織界隈での特異点とも言える「いとへんuniverse」だから作り出せる関係性やきっかけがあり、そこから生まれる新しい変化がきっとあるのだと思います。
現に、葛西さんがクライアントと共同でデザインし、絣加工師としても携わった「召しませ花」ブランドの西陣絣は「tateito rhythm(タテイトリズム)」と白須さんに名付けられ、「西陣絣加工師 葛西郁子」と銘打たれたラベルが付いた反物として世に出ています。
織る人の存在にとかく注目が集まる織物の世界で、準備工程の職人さんの名前が記された生地が販売されるのは極めて珍しいことです。
「いとへんuniverse」が起こす波が、西陣絣の世界に、そして他の産地にも広がっていくのは、実はこれからなのではないか。白須さんのお話を聞いていると、期待に胸が高鳴ります。

画像5

葛西郁子さんの西陣絣「tateito rhythm(タテイトリズム)」の反物

思いが支える産地の未来

糸と糸がタテヨコに組み合わせられた時に初めて生まれる不思議な魅力がテキスタイルにはあり、その魅力は「いいものを作りたい」という職人の思いに支えられています。
職人の高齢化と後継者不足はどこの産地でも存続を揺るがす深刻な問題です。しかしそういう状況において、葛西さんのように作ることに真っすぐ向き合う人の思いを大切にしてこそ、伝統は受け継がれていくのではないでしょうか。

画像6

伝える人、として執筆活動を続けている白須さん

そしてこれからの産地においては、売る人や伝える人の存在も重要です。
「初めの頃は特にものづくりのチームだと思われることが多かったから、伝える役割がなかなか理解してもらえなくて困ったこともありました。」
と白須さんは言いますが、思いをこめた良いものを作っていても、その魅力を知ってもらえなければ産地は続いていかないのですから。

伝統文化を守り、産地を未来に繋いでいくために、関わっている人や関わりたい人の思いを生かす環境を整えることが、今後はさらに求められるに違いありません。
「いとへんuniverse」のお二人との出会いは、繊維産地の〈これから〉を考えていく上での示唆しさと、一筋の明るさをもたらしてくれるものでした。

【あとがき】
テキスタイル(textile)とテクスト(text)は同じ語源を持つ言葉だとか。
布に織り込まれた思いを、言葉に織りなおして伝えている人である白須さんとお話しして、同じ書き手として刺激を受けること、共感することがたくさんありました。
帰りの高速バスで3泊4日の京都滞在を振り返りながら見た、夕焼けの中の虹を忘れることができません。

10月には白須さん、葛西さんのお二人が広川町を訪ねてくれるお約束になっています。久留米絣と西陣絣が出会うことで、どんな楽しい化学反応が起きるのか、今からワクワクしています。 文責:冨永絵美

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?