姉という名の、貝投げ人と中学生と見知らぬ花嫁。

いつぞや地下鉄に乗っていると、5才くらいの男の子とその母親が乗り込んできたのですが、何やら男の子がぐずってました。
「電車のいちばん前がいい!!」

僕らが乗っていたのは進行方向から3番目の車両でした。

「もぉ、我慢しなさい!」

母親が言い聞かせましたが、男の子はよほど電車が好きなのか、引き下がりません。

とうとう母親が折れたらしく

「わかった、次の駅でめっちゃ走るよ。あんた走れるね?」

男の子が大きく頷きました。正直僕は、マジか?と思いました。ドアが開いてから閉じるまでに、先頭車両に行くのはあまりにも無茶なのではないかと。

こうなったらもはや他人事ではありません。僕は次の駅でドアが開く瞬間を固唾をのんで待ってました。

そして電車が止まり、ドアが開いた瞬間。
「行くよ。」

母親は男の子の手を掴み、飛び出しました。

その後、僕は信じられない展開を目の当たりにしました。

あろうことかその親子は、電車の進行方向の逆に向かって思いっきり走り出したのです。

なんで!?間違えた?いやそんなはずはない。え、でもなんで?

わからん、まっったく僕にはわかりませんでした。

世の中には、他人同士では決して理解できない言語や事情が、あるものですね。

大変失礼しました。改めて演劇ユニットそめごころの田島宏人と申します。

8/15の上演の「オイル」に向けて、僕が思ったことや考えたことを、僕が地下鉄で目撃した親子のように、他人には理解しにくいかもしれないことを書いていくので、さらっと読んでいただくと幸いです。

前回は僕の祖母のことについて書きましたが、今回は姉について。

僕が演じるヤマトには、姉がいます。

姉役を演じてらっしゃる酒瀬川さんと、姉と弟という関係について、いろいろお話しました。

そこで、僕自身の姉について色々思い出したので、いくつかそのエピソードをオムニバス形式で。

アサリの帰還

僕が小学生の頃、母親が晩ごはんの具材として、スーパーでアサリを買って帰ってきました。

しかし、そのアサリがあまり元気がなかったらしく、母親が
「夏場やし、貝はあたったら怖いから捨てよう。」

と言いました。僕はアサリのバター焼きが大好物だったのでガッカリしてたのですが、それを聞いた姉は

「アサリが可哀想やん。食べないなら海に帰そうよ。」

その後、たくさん議論を重ねました。

海に向かうまでの1時間、母親の車の中で3人が何を話したのかは覚えていませんが、姉が大きく振りかぶって貝を投げる後ろ姿だけは強烈に覚えています。

片足のブカブカの靴

これも小学生の頃。学校が終わり、なんかの理由で僕が居残りして、さあ帰ろうかと思って下駄箱に行ったところ、僕の靴がありませんでした。当時の僕は何かとイタズラ好きで恨まれていただろうし、とってもイジられやすい小学生でもあったので、そこまで驚きはしませんでしたが、やはりショックは受けました。

その日はとても暑く、夏の太陽を浴びまくったアスファルトは、帰り道の僕の足裏を大いに苦しめました。

途中石を踏んで心が折れそうになっていたところ、中学校から下校していた姉に見つかってしまいました。

僕は照れ臭そうに靴ををなくしたと言うと、姉はなんだか悲しげな顔で僕の足を見つめ、自分の掃いていた靴の片足を僕に差し出してくれました。

姉の靴はブカブカで、ぴょんぴょん跳ねるとすぐに転びそうになりましたが、同じようにぴょんぴょん跳ねている姉の後ろ姿を見て、おかしくて仕方ありませんでした。

見知らぬ花嫁

姉の結婚式を間近に控え、親父が心配そうに僕に言いました。

「おい宏人、式の時お父さんのこと頼んだぞ。俺多分、泣きすぎてうんこしかぶるばい。」

僕は絶対にそんなことを姉の結婚式で親父にさせてはならぬと、弟として責任を感じていました。

しかし、いざ当日。バージンロードを花嫁と歩く親父は、毅然とした姿でとても頼もしかったのです。泣き崩れていたのは僕の方でした。

花嫁姿の姉は、僕の知る姉ではありませんでした。幸せに満ち満ちていて、その歩く体には微塵の迷いもなく、覚悟を決めた美しい女性でした。

僕の後ろに、まだ幼いいとこの兄と妹がいて、妹の方が

「ねぇ、なんで宏人兄ちゃん、あんなに泣いてるの?悲しいの?」

というと、兄の方が

「うるさい、大人になったらわかるけん。」

と言ってました。

なかなか嗚咽が止まらなかったのですが、外人の神父様の、

「それでは誓いのキスを、Go ahead!」

で笑いが込み上げ、だいぶ救われました。

今姉は、天使のように可愛い二児の母として、遠くに住んでいます。

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