―Plastic Rain―

雨が降っている。今朝のテレビの『予告』通りだ。

これは人工的に降らせている雨。土地の水不足解消のため、遠い地の、逆に必要以上の豪雨が想定されている地域の空気中の水分を大きな大きな飛空挺で適度に集め、この地域まで運んできて降らせているそうだ。そうやって、至る所で、穏やかな状態をそれとなく維持されている。それが、この世界。この時代。

私は、そんな事を思い出させるこの雨が、嫌いだ。

視線を手元に戻し、手元に持った端末で今まで作っていたメールの続きを進める。今日の予定を休まなければいけなくなった詫びの文章だ。同時に、学校に各種習い事や集まりの予定表を取り寄せて、次の予定が入れられそうな日程を探す。いつでも何とでも繋がることができる私たち自身もまた、こうやって穏やかな状態を常日頃から維持し続けることが半ば義務のようになっている。

外は相変わらず、穏やかな、穏やかすぎて退屈な雨が降り続いている。私は少しイライラしながら、相変わらず透明な画面を見つめている。と、それを遮るように画面一杯に警告表示が出た。バッテリーの残量が少なくなった表示だ。私は予備のバッテリーを探そうとしたが、すぐには見つかりそうにない。なんだか面倒くさくなって、バックアップを取る操作だけをして端末をシャットダウンした。待機状態にしたところで数分と持たないだろうから。程なくして透明な青色の画面に『bye』という表示が出たあと、手元から空間に投影されていた表示は完全に消えて、私の持ってる端末はただのペンサイズの金属の棒になった。私はそれを無気力に眺めたあと少しため息をつき、そのまま床に倒れ込んだ。手探りで、脇にあったテーブルに携帯端末の亡骸を置く。

「navi」

私は屋内回線につないである室内ナビを経由してメールの続きを作ろうと、声を上げる。けれど返答はない。音声認識が効いてないのかと思い、一度起き上がり、ベットの上に放り投げてあった、透明なノートサイズの板の形をした操作端末を取り出す。その画面に触れるが、相変わらず何も表示されることがない。そういえば、今朝は焦っていて立ち上げ操作をせずに外出したのだった。立ち上げは音声認識や操作端末ではなく、部屋の隅に置いてあるサーバー側で直接やらなければならないのだ。これは寝るときにはナビの完全なシャットダウンを義務付けられている我が家の方針の所為で、そのことにちょっとだけ腹がたった。立ち上げ自体はそこまで時間のかかる操作ではないが、今の私にはそれすらもひどく面倒くさく感じられた。うんともすんとも言わない、光を失った手元の操作端末は、長く使っていたのもあるけれど細かい傷がいくつも目立っていて、なんだかひどく安っぽい代物に見えた。そんなに自分の使い方は荒かっただろうか。このまま動かぬ板切れを眺めていてもしょうがないので、操作端末を再びベットの上に戻して、床へ仰向けに転がる。

ひどく静かな室内。聞こえるのは、雨の降る音。それに加えてよく聴くと、他に外から聞きなれない音が聞こえてくる。 鈍い音のする何かを素早く断続的に、一定のペースで叩いているような、そして何かが振動しているような音。私はそれが、雨を降らせている飛空挺の駆動音であることに気がついた。今日は普段使用されている機体の調子が悪いので、予備の旧型機による作業になるという予告があったのを思い出したのだ。普段は音ひとつなく緩やかに空を横切っていくのだが、今日はそれと比較すると割合大きな音を響かせながら運行しているらしい。

(どうせなら、もっと大きな音を轟かせてもいいのに)

もしこの鬱屈とした気分を変えてくれるような迫力がその音にあったなら、この退屈な雨ももう少し鮮やかなものになったのかもしれない。

そんな事を思っていたら、何だか私は無性に何か音が聴きたくなった。ナビの立ち上げが済んでないので、部屋のオーディオシステムは使えない。そもそも私は普段あまり音楽を聞かないので、結局設定に時間がかかってしまうだろう。そういえば、何かの時に貰って殆ど使っていない音楽専用の携帯型再生機器があったのを思い出した。すぐ脇のベット下の収納を開けると、少しだけ埃を被った、掌に収まるサイズの再生端末が出てきた。ついで、スピーカーやイヤホンがないか、収納の中を漁る。

手のひらサイズの卓上タイプ、耳へと装着する小型タイプ。どれも今は使っていないものだ。一番面倒が少なそうな無線の耳への装着タイプを取り出したが、充電が切れていた。卓上タイプはバッテリーが外されており、それを探すのにも一苦労しそうだ。私は仕方なく有線の小型タイプを取り出した。しまう時に線を綺麗に整えておかなかったらしく他の物と線が絡まり、余計な物までいくつか出てきたが、構わず全部床の上に引っ張り出す。目当てのものを耳にはめて、プラグを……。よく見てみたらこの端末はプラグを刺す場所がなかった。収納を漁ると、充電用の接触端子とプラグをつなぐ機器が出てきたので、それを間に噛ませる。

やっとの事で使う準備を整えた私は、音楽再生機器を手に取って、電源を入れた。室内サーバを立ち上げていないので、サーバ内のストレージやネット上の配信サービスは使えない。聞くことができるのは本体に保存されている音楽ファイルだけだ。入っていたのはいつ聞いたのかわからないものや、たまたま残っていたものなど。私の普段の音楽の聞かなさが如実に表れている。ひとつ、興味を引いた再生リストを見つけ、それを選択した。ほんの少しだけ間を置いて、いつ聞いたのか思い出せない、けれど自分にとっては何か懐かしい音楽が耳元から流れ込み、頭の中を満たし始める。私はまた寝っ転がり、携帯端末を何となく手の中に置いたまま天井を見上げる。必要ないケーブルや何やらが床や私の体の周りに散らばったままだが、構いはしない。やっと一息付けた気がして、私はぼんやりとその体勢のままでじっとしていた。しばらくして、控えめな電子音が聞こえるとともに、携帯端末の画面の一部が赤色に発行、点滅し始める。再生機器のバッテリーがあと僅かなサインだ。この端末も、大して充電がなされていなかったらしい。よく考えたらここ最近殆ど使っていなかったのだから、そもそもよく起動できたものだ。

……まぁ、いいや。しばらくの間、こうしていよう。耳元から流れ込んでくるこの音が途切れる頃には、この気分も少しはマシになっているだろうから。

そう考えながら私は、相変わらずぼんやりと天井を見つめているのだった。

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