リフレイン

 オリキャラ高村と武川さんの話です。武川さん視点。二人のなり初めはこちらをご一読下さい(※全年齢対象)。

 

 

 もう誰かと一緒に打ち上げ花火を見ることなどないと思っていた ———。


 「武川、浴衣似合ってるな」

 人懐こい笑顔を浮かべて高村が言う。俺と目線の高さがほぼ同じなので、自然と目が合ってしまう。いきなりそう言われてどう返したものかと言葉に詰まってしまう。

 「ん…あぁ、プライベートで良く着物を着るからな。和服には慣れてる」

 「じゃあ、手でも繋ぐか?」

 「バカか、お前は」

 「ははは」

 高村はいつもこんな調子だ。長身の男二人。人混みの中でも相手を見失うことなどなく、むしろ目立っている。華やかな空気を纏う高村に、熱い視線が注がれていることを当人は知ってか知らずかどこ吹く風だ。

 少し前を歩く高村は、シンプルなシャツに細身のスラックスを履き、いつものように清潔感のある格好をしている。端正な顔立ちにスラリと長く伸びた手足はさながらモデルのようだ。

 「お前はいつも通りだな」

 そう声をかけると高村は空を仰ぐように言った。

 「いつどこでクライアントに会うか分からないからな。この花火大会も情報収拾を兼ねてるんだ。なんせ俺はしがないフリーのグラフィックデザイナーなんでね」

 高村はフリーのグラフィックデザイナーだ。住んでいるマンションの相場や身に着けている物を見ても、相当なやり手なのだということが分かる。俺にはデザイン業界のことは分からないが、フリーで仕事をするには才能だけではなく、人たらし的な部分も必要なんだろう。高村は容姿だけではなく、人としても十分、魅力的な男だった。

 組織に縛られていない分、自分の方が融通が効くからと、休みや会う時間などは俺に合わせてくれている。今日の花火大会の誘いも俺の休みに合わせてのことだ。無理をさせていないかと不安になるが、いつ会っても微塵もそんなことは感じさせない。

 「まあ、花火大会は今も昔もそう変わらないか〜」

 のんびりとした口調に合わせるかのように周りを見渡している。職業病なのだろう。いつでもアンテナを張り巡らし、世間ではどんな物が売られているか、若い人たちの間ではどんな物が流行っているか、現場の空気を感じ取っているらしい。

 「全く、仕事熱心だな」

 「なんだ?デートらしくないってむくれてるのか?」

 「はは、いい歳してそんなことあるか」

 本心だった。忙しい合間を縫って会ってくれる男の笑顔を見るだけで、俺は満足だった。


 「わーん!どうしよう!」

 突然、子どもの泣き声が聞こえて来た。何事かと俺たちはそちらに目を向けると、小さな男の子が泣きじゃくり、足元には金魚すくいのビニール袋が落ちていた。中の水が溢れ出している。その傍で姉らしき少女が袋を拾い上げ「どうしよう!このままじゃ金魚が死んじゃう!」とパニックになっていた。

 すると急に高村が走り出し、少女たちのもとへと駆け寄った。子どもの目線に合わせて腰を下ろすと、人懐こい笑顔を浮かべて少女にやさしく声をかけた。

 「お嬢ちゃん、ちょっとそれおじさんに貸してくれるかな。おじさんが金魚、助けてあげる」

 「ホント?!」

 「ああ。約束する」

 「うん……わかった」

 高村は少女が差し出した金魚の入ったビニール袋を受け取ると、勢い良く暗闇へと消えて行った。俺は彼女たちに声をかけるべきかどうか迷い、その場で二人を見守るしかなかった。下手をすれば不審者扱いだからだ。

 程なくして水で満たされたビニール袋を持った高村が現れた。金魚は何事もなかったかのように、水の中でゆらゆらと揺られている。

 「はい。もう大丈夫だ」

 「わー!おじさんありがとう」

 「あいがとー」

 「どういたしまして。もう落とすなよ?」

 「うん。バイバーイ」

 「バイバーイ」

 高村は子どもたちにこやかに手を振って見送ると、俺の方へと戻って来た。足元はずぶ濡れでシャツの袖口も濡れている。

 「お前、どうやって?」

 「ん?ここ、人造湖があるんだよ。ボート乗り場の辺りに。そこで汲んで来た。水道の水を入れるわけにはいかないからな」

 「良くそんなこと、咄嗟に思い付いたな」

 「俺も同じ経験をしたから」

 「そうなのか?」

 「ああ。いくつん時だったかな。父親と花火大会に来てて、金魚の入ったビニール袋を落としたことがあるんだよ。そしたら父親がいきなり噴水の中に飛び込んで行って、今と同じことをした。「ほら、もう泣くな!」って頭をガシガシやられて。その時は噴水がライトアップされていたから、逆光に照らされた父親が正義のヒーローみたいに見えたなぁ。今でもその場面がスローモーションのように焼き付いてる。それから母親とは離婚したから父親との思い出はそれくらいしかないんだけどな。あ、別に同情される話じゃないぞ。俺は祖父母と母親から愛情をたっぷりと受けてまっすぐに育ち、そして今に至る」

 「はは、分かってるよ」

 「それがいきなりフラッシュバックして。そしたら自然に体が動いていた」

 「良く人造湖が近くにあるって分かったな」

 「そりゃー下見に来てるからな。何度も」

 「何度も?」

 「当たり前だろう。武川と花火大会に行くからには…」

 そう笑いかける高村を見ていると、自分の中で何か湧き上がるものがあり、いつか見た光景が一瞬蘇った。

 (行こうよ!政宗!)

 人混みの中で俺の手を引く背中。かつて本気で愛した恋人。振り返った牧の笑顔がスローモーションのように流れて消えた。俺は高村の手を取ると、咄嗟に叫んでいた。

 「行こう!陽介」

 「武川?!」

 今まで俺は自分から誰かの手を引いて駆け出すようなことはなかった。ゲイとしての後ろめたさや、傷つくことに臆病な自分を言い訳にして。

 人混みの中を高村の手を引いて走り出した。知り合い見られるかもしれない。後ろ指を指されるかもしれない。それでもこの手を離してなるものかと強く握り締めた。あの時、離してしまった手の温もりを、眠れない夜を忘れたくない。もう二度と同じ後悔をしないために。

 人気のない所まで来ると、二人で肩で息を切って荒い息を整えた。時間が経つにつれて冷静になって来ると、恥かしさで高村の顔が見られない。ふと、高村の手を握りしめていることに気づき、慌てて手を振り解いた。

 「武川、今日はヤケに積極的だな」

 笑いを堪えながら高村が言う。まだ少し息苦しそうだ。

 「あ…いや……そのままでは風邪を引くと思って」

 「真夏に?足元が濡れてるだけで?」

 顔を見なくても分かる。言葉の端々に堪え切れない笑いが含まれている。

 「あー!もう行くぞ、高村!」

 「陽介って呼ばないのか?政宗」

 「うるさい!俺はもう帰る!」

 「何?それは誘ってるのか?」

 「何でそうなる?!それに誰がお前を呼ぶって言ったよ」

 「こんなにずぶ濡れなのに?こんなんじゃタクシーも拾えない」

 「さっきは足元だけだと言ったじゃないか」

 「だから靴ん中がグシャグシャで歩き辛いんだよ。なのにお前が無理やり引っ張るから」

 「あーもう分かったよ。俺も汗をかいて気持ちが悪い。だから今夜はうちに泊まれ」

 ドーン…ドドーン…バラバラ

 その時、少し離れた場所から花火が打ち上がるのが見えた。いつか牧と見上げた打ち上げ花火。でも、もう打ち上げ花火を見て感傷に浸ることはない。しばらく二人で花火を見上げると、俺から高村に声をかけた。

 「じゃぁ、行くぞ」

 「モーニングコーヒーはたっぷり甘めで頼む」

 「いつもブラックじゃないか」

 「政宗は鈍いな。比喩だよ、ひ・ゆ。俺は詩人なんだ」

 さらっと俺のことをファーストネームで呼ぶ高村を少し恨めしく思う。人はそんなに簡単には変われない。それでも少しづつ素直な気持ちを認めて行こうと思う。どんなに惨めな俺でも、きっと高村なら受け止めてくれる。

 「クシャン!」

 「おい、まさか本当に風邪を引いたんじゃないだろうな」

 「いや、誰か噂してるな。狸穴さんか」

 「お前、狸穴さんと知り合いなのか?」

 「まぁね」

 フラットな声色からは何も読み取れない。俺はそれ以上詮索することはやめ、高村の後に続いた。

 
 

 

 あとがき

 タイトルのリフレインはRevivalと対になるようにRefrainにしたかったのですが、英語表記だと意味が変わるそうなのでカタカナ表記にしました。〝繰り返し〟という意味で使っています。突然降りて来ました笑。

 高村のグラフィックデザイナーの肩書は『青い空と、甘く薫る珈琲』の時から決めていました。やたらお洒落でキザで芸術肌で変人なのはそのためです笑。モデル体型でスラッっとした優男。社交的で仕事も出来るのでお金にも困ってない。そして英語も堪能(という設定笑)。

 だってあんなに素敵な武川さんのスパダリなんだから、うんと大人でオトコマエじゃなきゃ!でも性格は悪いです笑。武川さんにしか愛を注がないタイプ。当たりは1時間位で楽しく書きました。高村が良く動いてくれるのでホント助かってます。


つづく


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