「きただけ。」

 蝉の音が鳴り響き、生徒の声が飛び交う、夏の放課後。
 君の言葉は、その何より透き通って聴こえた。

 僕が君の事を知ったのは、高校1年の初夏。今よりは暑くなく、今よりは曇りがかった、そんな日だ。コースが離れ、当然クラスも違う君と、同じ部活に入った、そんな日。
 部活を決めあぐね、帰宅部のまま夏に入った、ある放課後。高校生活最初の定期テストが終わり、いつもより早めの時間帯。僕のクラスの2つ隣の教室から、君の声が聞こえてきた。
 確か、4月に配られた部活説明パンフレットには、この教室が使われている部は無かったはず。そう思いながら中をチラ見したら、君と目が合った。
「貴方、ここに興味あるの?」
 輝いた気がした君の目に、僕は思わず目を逸らす。
 教室には君がひとり。他には誰もいない。そのただひとりの君は、手に本を持っている。朗読していたのだと、僕は思った。
「貴方、F組の和泉くんだよね? 進学コースの和泉陸(いずみ りく)くん」
 正直、どきりとした。この時点では、僕と君は初対面だった。はずだ。
「うん、そうだけど……ごめん、僕は貴女の事わからないや」
 必死に記憶のページを検索したが、該当は無い。ここは謝るしかなかった。
「ううん、始めましてだからそりゃそうだよ。私が一方的に貴方のことを知ってただけ。……正確には、帰宅部の人をね」
 帰宅部を?
「いやー、私もやりたい部活がなくってさ。無いなら作っちゃえってことでセンセーに直談判したんだけど、部員1人だと部にならないって一蹴されちゃって。当然なんだけどね」
「それで、部員集めのために帰宅部の人を調べてたの?」
「うん。センセーからアドバイス貰ってさ。『他の高校にはある部活なんだし、人数集めたら顧問になってあげる』ってさ。でも、うちの高校、兼部は原則NGでしょ? だから、部活に入ってない人を探してて——」
そこまで言って、君はハッとして自分の言葉を遮り、
「ごめんごめん、興味無かったらスルーして貰って良いよ!」
 本当に急な話だったけれど、気のせいじゃなかった目の輝きを見てしまうと——
「いや、まあ……入ろうか? 興味はちょっとあるし」
「え!? やったぁ! ありがとう!」
 僕は断れなかった。
「ところで、貴女は誰?」
「あ、自己紹介忘れてた!」
 これが、僕と君——基礎コースB組、忍崎千早(おしざき ちはや)との出会いだった。

 高校生活とは儚いもので、そこから既に2年。高校3年となった僕と君は、高校生活の終わりを考えるようになった。
 部員は5人になった。大会にも出てみた。勝ち残りはしなかったけど、楽しかった。きっと来年も、後輩が繋いでくれる。

——夏。

 運動部も文化部も、3年生は引退の時期だ。大学進学か就職か、大事な岐路に立たされる時だ。
 進学コースの僕は、そのまま進学を目指す事となった。更なる努力の時間がやってくる訳だ。
 君も大学受験をすると聞いた。基礎コースからの大学進学は珍しいらしいが、君なら大丈夫だと信じている。

 最後の部活の日。学校生活は続く訳で、別に一生の別れという事はないが、一つの区切りとして、寂しい気持ちもあった。
 そんな気持ちを察してか、後輩達は盛大に送り出してくれた。初代である、僕たち2人を。

 翌日。つまりは今日。
 放課後、荷物をまとめていた僕のところに、君はやってきた。
 いつも元気な君が、どこかしおらしい。
「どうかした?」
 わざわざ僕のところへ来るということは、部活の話だろう。いつもの調子で、僕はそう訊いた。
「うん、まあ……ちょっと、暇でさ。その……後輩にも、キミにも会えないとさ」
 クラスメートは既に帰っている。クラスには僕と君のふたりだけ。外には響く蝉の音と、部活に勤しむ生徒の声。
「いや、ちがっ……あーもー、なんでこんな緊張するんだろ。キミと初めて会った時なんか、こんなことはなかったのに……」
 しどろもどろする君に、僕の持つ想いと似たものを感じた。
 つまり、それは——

「いい! 今からちょっとここで部活やるよっ! ……その後で、ちょっとキミに言いたいことがあるからさ……」

 そう捲し立て、君は、自分がここにいる理由を、小さな嘘と照れ隠しで僕に出題した。

「問題っ! 日本で一番高い山は富士山ですが、日本で2番目に高い山はなんでしょうっ!」

 ——クイズ研究部3年
       和泉 陸

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