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国内の材料で安く作れる簡単なロシア料理(ザクースキ編)

ロシア料理を味わう上で欠かせないのが多種多様なザクースキだ。

こちらはロシア語の «Закусить»(ザクーシチ:軽くつまむ) が語源で、トルコ料理でいうメゼ、フレンチでいうオードブル同様「前菜」や「おつまみ」と訳しても構わないだろう。

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古来から現代に至るまで、貴族や党官僚、金持ち向けの高級レストランでは牡蠣やキャビア等の高級食材を使い贅を凝らした多種多様なザクースキが振る舞われていたようだ。

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(今では大衆化しソ連時代から現在まで正月料理として食べられているサラート・オリヴィエもオリジナルのレシピでは牛タンやトリュフ等の高級食材を使っていたことからそれは窺える)


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大衆食堂や家庭料理に於いてもこれらザクースキは食卓に彩りを与え、食欲をそそる一品として人気がある。

それでは、一般庶民の食卓に於いてはどのようなザクースキが並んでいたのか見てみよう。



・マヨネーズがけ(○○ под майонезом)

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毎年極寒の冬が訪れ、一日当たり膨大なカロリーを必要とするロシアは世界一のマヨネーズ消費大国である。

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彼の国のスーパーでバケツ単位で売られているのを見れば頷けるだろう。

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マヨネーズは風味が似ていることからスメタナの代用としてボルシやシーに加えられる場合もあり、先述したオリビエ等各種サラダドレッシングの材料、チキンや魚の焼き油としても料理される万能調味料である。


さて、代表的なマヨネーズ料理として ○○ под майонезом(○○のマヨネーズとじ)を紹介しよう。

材料

・マヨネーズ

・お好みの具材(カニ缶、茹でイカ、ホタテ貝柱、茹で卵、野菜類等)



こちらは至って簡単で、皿に盛った具材にマヨネーズをかけるだけ。

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ウラジオストクなどの沿海地方ではカニ肉や貝柱、茹でたイカリング等のマヨネーズとじが食堂や居酒屋メニューとして人気があるが、海鮮類はいかんせん金がかかるので固茹で卵やカニカマ等でもよい。(カニカマはロシアでも一般的)

昔キューピーのcmで福山○治が「パリのビストロではウフ・マヨネーズといって茹で卵のマヨネーズがけが立派な前菜」と紹介していたことからおそらくフランス由来の料理なのだろう。


鶏卵でも作れるが安いウズラ水煮パックなんかを利用すれば1分以内で200円とかからず前菜一品が味わえる。





・塩漬けピクルス(Соленые овощи)

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モンゴル人などの北方遊牧民を除き、人類史に於ける野菜類の栽培〜保存〜摂取の過程はもはや生命維持活動の一環であることは古代ローマ時代より現代まで中〜東欧に伝わるザワークラウトや朝鮮のキムチ、中国東北部の酸菜等を見れば明らかであろう。

全て野菜類が凍り果てる極寒に備えて作られる保存食であるが、野菜不足が引き起こす壊血病などのあらゆる病魔への対策の一環であることは、大航海時代オレンジやライム等と共に船内に積み込まれたのを見ても明白だ。

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独ソ戦期のレニングラード包囲戦に於いても、包囲下のソ連人民達に餓死と並んで恐れられたのがこの壊血病であることから、野菜や果物の持つビタミン等の貴重な栄養を如何にスポイルせず継続的に摂取出来るか否かは人類がその地で生きられるか否かを決める重要なファクターであるといえる。

さて、人類の営みという壮大なスケールの話はさておき、ピクルスを抜きにしてロシア料理を語るのは不可能といっていいくらい、これら保存食は彼らの生活に根ざしたものである。


胡瓜/トマトの塩漬けピクルス(Солёный огурец/помидор) 

材料

・胡瓜もしくはトマト——作りたい分だけ

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・熱湯——作りたい分だけ

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・塩——水1リットルあたり大さじ2が目安

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・黒胡椒——適量

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・ニンニク——数かけ

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・ディル、ローリエ——適量(あれば)

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・瓶

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1. 野菜を食べたい大きさに切る(胡瓜なら大きさにもよるが半分〜1/3、トマトなら1/4〜1/8櫛切りが食べやすい。もろきゅうやミニトマトはそのまま漬けてよい)

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2. 切っている間に湯を沸かし(電気ケトルが便利)、熱湯もしくはエタノール消毒した瓶に黒胡椒やローリエ、ニンニクやディルなどのスパイスを敷く

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3. 湯が湧いたら上記の分量の塩を溶かし、スパイスを敷いた瓶に野菜を詰めてからマリネ液を流し込む。

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4. 蓋をしっかりして逆さにし一晩置く(汁漏れ等なければ成功)

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出来上がった漬物は古漬けになればなるほど旨くなる。(化学反応でニンニクが青くなるが腐敗はしていないので品質は問題ない)

そのままザクースカとして食べられる他、漬け汁もミネラルやイオンが豊富に含まれているので二日酔いの際にはそのまま飲めば効くし、胡瓜のピクルスはサリャンカやラソーリニクというスープにしてもおいしい。

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夏野菜が旬の今だからこそおいしく作れるレシピとしてご提案したい。


・キャベツのピクルス(Квашеная капуста)

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こちらは発酵キャベツ、いわばザワークラウトだ。

ドイツのザワークラウトとの違いは人参を入れるところで、人参に入っている糖分が発酵プロセスを促すようだ。

材料


・キャベツ——1玉

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・人参——2本

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塩——大さじ2

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(発酵促進に砂糖ティースプーン1杯を入れたり、唐辛子や黒胡椒、ローリエを入れる家庭もあるが基本塩だけで旨く作れる)

作り方

1. キャベツ、人参は繊切り(ロシアではТерка:テョルカと呼ばれるサラダおろしを使うのが一般的)

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2. 切った野菜を大きめの鍋やボウルに入れ、塩をまぶしてよく揉み込む

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3. 水分が出てしんなりしたら消毒済みの瓶に詰める

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4. 蓋をして常温で保存(ガスが出るので朝晩蓋を開け、ガス抜きに綺麗に洗った箸などで穴を開けたりすると腐敗を防ぎ上手く発酵する)

このザワークラウトもザクースカとして食べる他にシーやボルシなどのスープ料理の具材として大いに役立つ。

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常温でも保存可能だしスープを作る際人参を別途持ち歩く必要もないので以前記事にしたトゥションカなんかと合わせればキャンプや野営イベントなんかでも生鮮食品を持ち歩かず美味しく安全にシチーを食べることができよう。





・ブデルブロート(Бутерброд)

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こちらは所謂「オープンサンド」だ。


察しの良い方はわかるだろうが語源はドイツ語のブッターブロートで「バターを塗ったパン」となる。


ドイツではゲーテの『若きウェルテルの悩み』で

"das Butterbrod und die saure Milch teilte"

(ブッターブロートと発酵乳)

を簡素な夕食の意味で表現しており、慣用句の中にも

"für ein Butterbrot arbeiten"

(ブッターブロート一切れの為に働く→タダ同然の安い賃金で働く)

"etwas fuer ein Butterbrot kaufen/verkaufe"

(ブッターブロート一切れの値段で買う/売る→ ただ同然の安い値段に買う/売る)

といった言葉があり、「安い食事」の意味で使われる言葉のようだ。

無論上に載せる材料によって安くも高くもなるから、例えば出費を抑えるならオイルサーディンと玉葱や茹で卵とマヨネーズ、トマトや胡瓜を乗せただけでも立派な一品になるし、リッチに楽しみたいならエビやスモークサーモン、イクラなどを載せてもよい。 

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スウェーデン等北欧に古くからあるスモーガスボード(バイキング料理の起源)等でも見られるようにこれらのオープンサンドはビュッフェ形式で出される場合が多く、一人暮らしの軽食としての他にもパーティ等で客人をもてなす場合にもよいだろう。

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因みにイクラは本邦では主に醤油漬けの物が寿司ネタや丼物として食べられているがロシアに於いてはキャビア同様塩漬けがメインで粒が小さく、加工法が違うのか白飯と共に食すよりはブデルブロートやブリヌィの具として食べる方が適しているように感じる(在露時代筆者も市場やホテルでイクラを食したが妙な塩辛さと生臭みを感じ本邦の物とは別物であると感じた)

材料

・パン(フランスパンなら輪切り、食パンや黒パンなど四角いパンは1/4にしてつまめるサイズに裁断すること)もしくはクラッカー(ナビスコやリッツクラッカーなどでよい)——適量

・バターもしくはマーガリン——適量

・具材(スモークサーモン、オイルサーディン缶、イクラ、茹でエビなどの魚介類、ハムやサラミ、レバーパテ等の肉類、チーズ、スメタナ等の乳製品、トマト、胡瓜、玉葱等の野菜類、マヨネーズ、茹で卵等冷蔵庫の中身や財布と相談しながら何でも良い)

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1. パンを適切な大きさに裁断しバターを塗る(パンが具材の水分を吸わないようパンの気泡が隠れる位塗ると良い)

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2. 好きな材料を載せ、好みの調味料をかけて大皿に盛る

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パンは冷菜として食べるなら焼かずにそのまま出してもよいが、好みに応じてピザトーストのように具材を載せて焼いても良い。

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ブテルブロードに使うパンは黒パンや白パンが一般的だがロシアではソ連時代よりこのような切れ目のある棒パン «Нарезной»(ナレズノイ)を使うのがポピュラーで「切る用のパン」の名の通り輪切りにすると簡単にブテルブロードの土台になる。

似たようなものであればどこのパン屋にもあるバゲットやバタールのまとめ買い冷凍なんかがオススメだ。


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生地を作る手間がかかることから今回は割愛したが「ブリヌィ(Блины)」も具材次第では立派なザクースキになる。

ブリヌィは「クレープ」というよりは「パンケーキ」の位置付けに近く、ジャムやバター、練乳なんかを塗って巻けばデザートとして食べられるのだが、サーモンやイクラ、肉製品やキノコ、先述したピクルスなどを各自でブテルブロード同様に立食形式でのオープンサンドとしても楽しめる。

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都内では新宿のスンガリーに行くと鮭と野菜のブリヌィが前菜として出され、ウェイターが配膳してくれる。

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余談だが漫画「ブラックラグーン」のバラライカの発言で「冷えたブリヌィ」というのがあるが、「別に冷えてもうまいやん」と長らく悩んだ末「パンケーキとしてバターを溶かし塗る場合は冷たいと不便だよなぁ」と自己解決した次第。






サーロ(Сало)

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こちらはロシアクラスタ諸氏にはご存知の食材であろう。

帝政初期、ツァーリに臣従したコサック達には給与代わりにウォッカと共に振る舞われていた事からその歴史は古く、ソ連時代、1939年のソ・フィン戦(所謂冬戦争)の時代にも氷点下のカレリア地方で戦う赤軍兵士達に

Ворошиловский паёк

(ヴォロシーロフの配給)

という渾名で100グラムのウォッカと共に50グラムのサーロが支給されていたことに加え、現代のロシア連邦軍レーションにも付属する事から「携行食」としての意味合いが強い。

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しかしながらカロリー源として以外にもバターのようにパンの供、ウォッカの肴、炒め油としても優秀なので是非ともここで紹介したい。

材料
・豚バラ肉——1キロ(あれば脂身>赤身且つ皮付きのものを)

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・ニンニク——数かけ〜1球

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・塩——50グラム(好みに応じて増やしても可。あればあるだけよい)

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・胡椒——適量

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1. 豚肉は有鉤条虫などの寄生虫を完全に殺害する為に念のためアルコールで洗い7日間位冷凍してから解凍し解凍し、適当な大きさに裁断する(おすすめは50〜100g単位)

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2. ニンニクをすり潰すか輪切りにし、豚肉に塩胡椒と共に擦り込む。

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3. ジップロックなどに入れキッチンペーパー等で水分を取りつつ3〜4日熟成させる。

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イタリアのパンチェッタ(生ベーコン)のようなもので、これひとつでカーシャやスープの具、じゃがいも料理の炒め油にもなるし勿論そのまま食べてもよい。

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ロシアやウクライナではネギやニンニクをかじりつつ黒パンに乗せてウォッカを飲みながら食べるのが定番だ。(日本酒を飲みながらワサビをつけた寿司を食う感覚)

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昆布サラダ(Салат из морской капусты)


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「母親ならポテトサラダ位作ったらどうだ」


などと巷では言われているようだがロシアにもサラート・オリビエ(Салат Оливье)という名のポテトサラダはある(というか本邦のポテトサラダも中国の上海サラダや中東地域で食べられる「ロシアサラダ」も全てはこのオリビエが起源なのだが…)

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元々は帝政時代、ベルギーの宮廷料理人によって作られた前菜で前述したように高級食材を使ったものだったが革命と共にレシピは消滅し、ソ連時代には大衆化した。

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今でこそ食堂メニューの定番ではあるが、メインの材料となるじゃがいもはともかく、茹で卵、マヨネーズ、野菜(前述した胡瓜ピクルスがここで役立つ)、ドクトル・ソーセージ等の肉類を一挙に集め下ごしらえするという過程は重労働だし、計画経済の下満足に食材が集まるとは限らないことから主に「正月料理」の一種として親しまれていたようだ。

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ソ連時代生まれの筆者のロシア語教師曰く年末は食材を買いに東奔西走し、大晦日から1/7(ユリウス暦のクリスマス)にかけて毎日飲み食い明かすというのが定番だったようだ。

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サラート・オリビエのみならずヴィネグレットや毛皮を着たニシン(どちらもビーツが主体のサラダ)等ロシアでは帝政時代主にフランス料理の影響から様々なサラダが考案されたが、いずれも自炊といった面では非常に手間がかかる為ここでは割愛する。


今回紹介するのは簡単な昆布のサラダだ。

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昆布というと主に和食で使われるイメージが強いことから意外に思われる方も多いだろうが、実はロシアでも極東部のウラジオストクなどでは消費量の多い食材で、ロシア語では「Морская Капуста(海のキャベツ)という名でシチーやボルシ、サラダの具に使われている。

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こちらも例の所謂、「缶詰ブーム」の例に漏れず缶入りのものが売られていることからモスクワなどの内陸部でも食べることはできる。

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本邦のスーパーに於いても「きざみ昆布」の名で安価で購入できるし、冷凍保存も効くことからぜひともご紹介したいと思い至った訳だ。

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材料:
・きざみ昆布——100グラム

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・卵——1個

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・マヨネーズ——大さじ1〜2

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1. 卵は固茹でにする

(オリビエにしろピロシキの具にしろロシア料理、兎に角卵と言ったら固茹でが一般的で、半熟卵とかはあり得ないようである)

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2. 昆布は水気を切り、ハサミやナイフでチョキチョキしておく

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3. 刻んだ卵とマヨネーズを昆布に和えて完成(冷蔵庫で冷やすとおいしい)

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さて、家庭で作れるザクースカ5選、いかがだっただろうか?

どれも材料の買い方と選び方次第では安く簡単に作れるもので、食材の下ごしらえとストックさえしておけば安く簡単に食べられるものばかりだ。

今回は「ロシア料理なんて敷居が高い」

「レストランでじゃないと食べられないんじゃないの?」

という読者諸氏のメンタルブロックを外すためにも敢えて国内で安く手に入る食材を使ったレシピを5選絞ったが、他にもオススメのレシピは沢山あるため、興味を持った諸氏は自分で調べてもいいだろう。

このマガジンでは今後前菜に続きスープ、メイン、デザートの作り方まで順次解説していこうと思う。

ぜひ今後ともよろしくお願いしたい。


参考書籍(どちらも面白いので興味を持った方は買ってみるといい)







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