推理喫茶アガサクリス亭
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推理喫茶アガサクリス亭

満席で、それでいて密室。

推理喫茶アガサクリス亭は今日も大盛況だ。

電話線は切ってある。出前の連絡がこないのはそのせいだ。厨房からは難解そうな事件の香りが食堂まで漂ってくる。この店は完全予告状制で予告状自体もなかなか取れない。かくいう私も予告状を出してから半年待たされた。

さて、このアガサクリス亭の人気の所以。何よりの見どころは突如として起こる事件のパフォーマンスショーである。皆料理よりもこれを目的として足を運ぶのだ。

私はグラス持ち上げて唇を湿らせる。

刹那、高音。

揺れるグラスを手で押さえ、今のそれが絶叫だったと気がつくまで数秒。


事件だ。


他の客たちも同様に事件を察知している様子だ。私は極めて冷静なそぶりを演じ静かに立ち上がる。ジャケットの襟を直し前方を小走りで移動する5、6人の一団に加わり厨房を目指した。

「何事ですか!」

我々は食堂と厨房を隔てるドアを勢いよく押し開け中へと雪崩れ込む。

香辛料と血の匂いが鼻を突く。香辛料はともかく血の香りは加工肉のそれではない。もっと近く。我々の足元に転がる『これ』が原因に違いなかった。

そこにはコックと思しき男が胸から流れる鮮血で血溜まりを作っている。そして先ほどのやや甲高過ぎるファルセットの主であろうメイドへたり込んでいた。おまけにその横には血塗れの出刃包丁まで。

「大丈夫ですか!」

我々に続いてもう一人の給仕係であるボーイが飛び込んできた。

「りょ、料理長が…」

少し落ち着いたのかメイドが口を開く。

私の後ろで恰幅の良い初老の紳士が口髭を弄りながら震える声で呟いた。

「う、噂に違わず随分と手が混んでいるのですな」

本来であればそのような野暮なことを言わないのが暗黙了解だ。

だが誰もが既に心のうちでは理解している。

これは本当の事件であった。

ここは推理喫茶アガサクリス亭。

電話は通じず満席にして密室。

厨房からは事件の香り。

全員が容疑者であり、そして全員が名探偵である。


【To Be Continued…】













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