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雑誌『ふらんす』の一ページから。~飛躍し(すぎ)た思考

さすがバカロレアの国ね。

数学の問題も、単に計算して数字を出せばいいというわけにもいかず、「なぜその答えになるのか!」を求められるのね。

今日なにかの議論で、SNSで誹謗中傷する人について「ディベートなどの訓練を受けていないから、文句や誹謗中傷だけは行うけれど、なぜなのだと問うと、みんなそうしてるからといった議論にならない答えしか返ってこない」みたいな意見があったけど、それプラス「論理的でない」ってことがあるんじゃないかしらね。「こういう理由でこうだといえる」といった論理学的な思考も多くの人が欠落している気がするわ。

習ってないし、、、というと安っぽい理由になるけど、確かに習っていないね。でも習っていなくても、きちんとした理由があって、だからこうだと説明できるかどうかは日ごろからの姿勢で身につくものじゃないかしらね。誰かに論破されて、シュンとしたり切れたりする前に、自分の考え、自分の意見を「こうだからこうなんだ!」と言えるようにしておくべきかもしれないわ。言えないんなら黙っておくほうがいいのかもしれないわね。そして、その上で論破されても「なるほどそういう意見、考えもあるか」と受け入れることもできるようになるんじゃないかしらね。確固とした自分の意見や考えもなく、ワーッと感情的にものを言って説き伏せられると、言い返せなくて沈むか切れるかになっちゃうような気がするわ。

そして、数学ね。
四則演算に理由を割り当てなくてもいいかもしれないけど、まあ、数学レベルになってくると、フランスの子どもたちのように「こうだからこう、ゆえにこれ」みたいな訓練がなされているとなされていないとでは、残念ながら差が出てきそうね。太刀打ちできなくなっちゃうわよ。

個人的には、小学校の算数ってすんごく苦手だったけど、高校の数学は面白いと思ったわ。とくに「証明」の問題とか。それで時々スカッとしたくて数学の問題解いているんだけどね。

って、購読中の雑誌『ふらんす』の一ページから、話がずいぶん飛躍してしまったわ。



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