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幸せに生きるには2つの柱を立てよう

先日、お客さんと打ち上げで飲んでいるときの話。

「やりたいことがしっかりある人だからね」と僕を紹介してくれたのを受け、「経済的にやっていく柱と、本当にやりたいことの柱を2つ立てているんですよ」と話したら、意外と盛り上がった。

今回は、僕が自分自身を生きやすくするために生み出した2つの柱について書いてみようとおもう。

好きなことをして生きる vs 現実的に生きる

ある人は「人生一度きり!好きなことをして生きればいいよ」と言い、またある人は「そんなことばっかりしてて、将来食べていけるの?人に迷惑かけたら恥ずかしいでしょ」と言う。

「好きなこと vs 現実」よく聞く二項対立だ。

僕も長い間これのどちらが正しいんだろうと、両方を行ったり来たりしながら悩んでいた。ちょっと長くなるけど、身の上話をしてみよう。

学生の頃、就職「超」氷河期の真っ只中、当時大流行し始めたインターネットやオンラインMMORPG(数千〜数万人が同時接続するオンラインゲーム)に没頭していた僕は、現実逃避としてそこに逃げ込んでいたことを感じつつも、どこかネットの海の可能性に毎日ワクワクして過ごしていた。

とはいえ情報系の大学や専門学校で学んできたわけでも、プログラミングができるわけでもない僕は、なんとなくIT系の企業の面談に臨むもののことごとく落ち続けた。

なんとか就職できた大学専攻と同じ工業系の会社では、仕事の大変さもあったがそれ以上につまらなさが少しずつ身と心を蝕んでいき、仕事から帰ったらMMORPGにどっぷりの毎日。

ゲーム空間内で色々と励ましてくれる仲間が支えだったが、最終的には鬱になってしまい休職を繰り返した挙句、心配して呼ばれた上司と付き添ってくれた同僚の前で大号泣して「やめさせてください」と退職した。

当時の僕の絶望感はけっこうなものだ。親に高いお金を払わせて大学まで出してもらい、やっと就職できたと思ったら仕事ができなくなり、唯一楽しめたものはネットにつないでゲームしたり色んな仲間とわいわいすることだけ。

僕はなんて、社会不適合者で、ゲームしかできない道楽者で、不必要な人間なんだろうと、毎日のように思い詰めた。同級の友人たちは、もっとうまく楽しくやって、現実を生きているのに… と。

今思い出してもよく生きていたなとおもう。

一度地を舐め、開き直る

幸い、持ち株制度のおかげでまとまったお金を退職時に手にできた僕は、一年ほど好きなことをして過ごした。ゲームも存分にやったし、株などもしてみたけど、お金はすぐに底をつくのは見えていた。

僕のキャリアというものはこの失敗でブッツリと切れた。

だからいっそ開き直って、今度こそ好きなことを仕事にしよう、いや、そうするしかないんだと気づいた。「現実的な仕事をしよう」「しっかりお金が稼げる仕事をしよう」と無理をした挙句、結局食べれなくなった。

この時に僕は、好きなことには「引力」があり、蓋をしようが離れようが、結局その人を引き寄せてしまうことを思い知った。これは仕事だけにとどまらない。食べ物や場所、恋愛などさまざまなものと僕らの間には引力がある。

現在、僕はネットやVR・ARといった本当に好きなことを仕事にして楽しく過ごしている。フリーランスになってからもまぁ色々あったわけで、長くなるので詳細はまたの機会にするけど、好きなことだけをしてやってこれたわけじゃない。

じゃあ、どっちなんだと。好きなことをするべきなのか?やっぱり現実的に生きるべきなのか?これを明確に教えてくれた一冊の本があるので、引用してみる。

「人間のゴールは一つではない」

その本に書かれていたのはこうだ。

多くの人は「職業」について誤解している。「職業はお金を稼ぐためのもの」と考えている人が多いが、それは間違いだ。職業というのは、社会に提供する機能のことだ。その提供した機能がお金になる場合もあるし、ならない場合もある。
お金を稼ぐのは「ファイナンス活動」と呼ばれるものであり、職業とイコールではない。職業から入ってくるお金は、ファイナンス活動の一部にはなるが、全部ではない。ここで考えて欲しいのは、「人間のゴールは一つではない」ということである。
40歳から「差がつく」生き方 - 苫米地英人

オウム真理教の幹部の洗脳を解いた脱・洗脳が有名な苫米地英人(とまべち ひでと)博士の著書だ。博士はコーチング分野でも活躍しており、エフィカシー(自己効力感)を高める方法をたくさん教えてくれる。その根拠も脳科学にもとづいたものだ。

同書を読んで僕は、「なんだ… 両方やればよかっただけじゃないか…」と、なんとも言えない脱力感と、許されたような安堵感に包まれた。

でも、ここまで来るのに誰も教えてくれはしなかった。むしろ多くの人は「好きなことなんて我慢して、お金をちゃんと稼いでから言いなさい!」とか「お金なんかに囚われずに、自分の好きに生きろ!」とかばかり言っていた。

今おもうのは、こういう言葉を言う人たちはみんなわかっているつもりで、現在進行形で苦しんでいるということだ。

自分の人生を充実して生きるには、少なくともこの2つの柱が必要だ。

・ファイナンスの柱
・やりたいことをやる柱

ファイナンスの柱

ファイナンスの柱とは、お金まわりのことだ。

仕事をしてお金を稼ぐ、ということに限らず、どういうものに自分はお金を使っているか、仕事以外に稼ぐ手段はあるか、仕事をし続けるだけの健康は維持できているのか、といったお金に関する幅の広い話である。

これが第一の柱として必要な理由は、僕らが生きているこの世界が経済社会、資本主義経済だからである。

残念ながら何をするにもお金がかかるこの世界で、衣食住をそろえる以外に、次に述べるやりたいことをやるためにもお金は必要だ。

ただ勘違いして欲しくないのは、よく言われる「お金を稼いでからやりたいことをしようね」ではまったくないということ。お金を稼ぐのは、やりたいことを継続してやり続けるための手段に過ぎない。

やりたいことをやる柱

やりたいことをやる柱には重要なポイントがある。

・どんなに些細でもいいから、ファイナンスの柱と同時にやっていること
・お金になるかどうかは考えず、本当にやりたいことをやる
・人にどう思われるかは一切気にしない

人生は本来、楽しむためにあると僕はおもう。きっと多くの人も、本当はそう願っているはずだ。

しかしいつの間にか、「どうやったら生き残れるか」「どうしたら楽ができるか」「どうすれば金が稼げるか」などに頭を支配され、人生を楽しむとは無縁のものになりがちである。

なぜそうなるかというと、ファイナンスと人生の分離ができていないからだ。

お金を稼ぐために時間の大半を使ってしまう、それは実際あるとおもう。だけど、やりたいこと、自分の人生を生きることを手放してはならない

やりたいことを何年もやらずに過ごすと、好きだったはずのことがそうでもなくなってしまう。先日書いた投稿の「純粋さとは失われていくものか」の項で軽く触れたが、好きだったものから無理やり離れていると、自分が何を好きだったのかもわからなくなっていく。当たり前だ。触れていないのだから、どんなものだったか思い出せなくなる。こうやって人はゆっくりと自分を失っていく。

「本当に好きなことならずっと好きでしょ」なんて嘘にだまされないように。自分の好きなものは、自分で守ろう。

どうやって実行するか

いろんな人によっていろんなパターンがあるだろうから、僕が言えるのは僕がやったやり方だけだ。それを書いてみる。

1. やりたいことの見つけ方

鬱になって退職したあと、心と体が回復してきてから実際に行ったのがこの方法だ。思いつきだったが、かなり良かったとおもう。

まずA4紙何枚かを5cm大くらいに細かくちぎって(東急ハンズやAmazonにある付箋紙でもいい)、それを広い場所(狭い机でやるより、広い壁や床がいい)にばらまき、思いつくままに自分の好きなもの、やりたいこと、褒められたこと、人より得意なことなどを書いていく

たくさん書けたら、それを似たもの同士でグループにしてみる。

例えば「走ること」「高いところに登る」を『体を動かす』にまとめたり、「冒険アニメ」「RPG好き」だったら『空想・ファンタジー』にまとめたりといった感じに。

いくつかできるグループが、あなたのやりたいこと、あなたを充実した人生に導く「引力」がなにか気づくヒントになる。

2. ファイナンスの柱は、何から始めたらいいか

ファイナンスというと幅が広いが、まずは収入に関することが始めやすい。

「世の中で必要としていることはなにか」「自分の能力でより稼げることはなにか」「かける時間の割に儲かることはなにか」といったことから考えてみよう。

おすすめしないのは節約に関することだ。支出をしっかり見張ることが大事ではないとは言わないが、そこに注力していたらいつまで経っても自分の経済的価値を上げる機会につながらない。

3. 仕事が忙しい時でも、やりたいことをやるには

ひとつ言っておきたいのは、忙しいから、苦しいから、大変だからこそ、やりたいことをやるのが救いになる。

やりたいことをやるというのは、些細でいい。

本当は好きなスポーツを思いっきりしたいけど、やれなくてもせめて番組だけでも見る。本当はゲームが作りたいけどプログラミングを勉強する時間がないなら、せめてゲームを楽しくプレイする。

そんなことがあとで大きく響いてくる。

「この忙しい時に遊んでんじゃねーよ!」なんて言う人はよくいるが、そんな偏った言い分をあなたが聞き続けて好きなことから離れた挙句、病気になったり、将来好きなことを仕事にできるかもしれないチャンスに何も言えなかったりしても、その人は何の責任もとってはくれない。

他人に罪悪感を感じるより、自分を幸せにしてあげることに責任を持とう。

まとめ

なんだか思いつくままに書いていたら長くなってしまった。最後にまとめてみる。

好きでもないことをして無理をしても、体と心にしっぺ返しがくる
お金を稼ぐことは資本主義経済である以上、欠かせない

しかし、やりたいこともやらない人生は幸せではない
「ファイナンスの柱」「やりたいことをやる柱」の2つを持とう

2つの柱を同時にやることがポイント
2つの柱を両立する方法はある
他人には言わせておけ、自分のことは自分で幸せにしよう

誰かひとりくらいはこの文章が役に立ってくれると嬉しいな、と。
ではでは。

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デザイナー|独立11年目|ダフトクラフト株式会社 CPO 最高哲学責任者|仕事:UX、UI、xR空間デザイン|注力:DX、OMO、ミラーワールド、教育|思考:抽象化、哲学、汎神論|趣味:アニメ、ゲーム、読書|元FF11、SecondLife廃人|人生略歴 qr.ae/TWzMt3
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