讃岐篇5 奇跡を起こす思考法

三時間ほどだったと思うが、まるかんのお店で楽しくお話をさせていただいた。

東京に行ったら、新小岩にある「ひとりさんファンの集まるお店」に行こうと、思った。

そういえば、三位一体開運法も800回を超え、

「私は愛と光と忍耐です」も五万回を超していた。

この時から、「愛と光と・・・」だけでなく、

「アメノミナカヌシさま、お助けいただきましてありがとうございます。」

も付け加えるようになった。


遍路中、神言や開運法が一定の数を超えると、何か変化があったが、今回もそうだった。

歩きながら、自分の人生がますますいい方向に導かれているのを感じ取っていた。

雨の日も風の日も、心が折れそうな日も、毎日毎日、言葉だけは愛と光を言い続けてきた。

一日も唱えなかった日はなかった。

それこそ、「忍耐」強く。


理性を捨てて、感覚、直感に従う。

「気持ちのいい方」に向かうことが正解だ。


自分の魂の声に素直になる、と書いた。

だったら、人は何も学ばないでいいかと言うとそうではない。

もちろん、一番大切なことは、「自分自身であること」であり、本当に学ぶべきことは、自分自身の存在だ。

本当のマスターは自分自身の真我以外にあり得ず、宗教組織や教祖ではありえない。

究極的に言えば、そうかもしれないが、何にせよ、魂が成長するためには先人や成果を出した人の「スジ」というものがあるので、その「スジ」を徹底的に学んでまねるべきだろう。



残る札所も残り、10。

台風が近づいてきているが、どうしても会いたい人々がいた。


『生命の光』誌を毎月読んできたが、

私の信条としてもとても共感するものがあった。

日本史の講師をやっていて、その時自分の国の誇りを知ったこともあったし、神道や仏教という日本の霊性も大好きだった。

また、自分自身、カトリック信徒として、うまく日本的精神とキリスト教精神を接ぎ木しないと咀嚼できない何かが自分の中にあった。

そして、実際にありありとした存在を感じることのでき、人生を動かす実在と出会うことを求めていた。

思想や考え方やひとつの憧れとしてではなく。

『生命の光』にある、手島先生の講和も、そこに載っている証の数々も、あふれる喜びに満ちていた。

「どうしても、この人々にお会いしてみたい。でも大丈夫だろうか。」

と思いながら、織り込まれていた小さな連絡先に公衆電話から電話をかけてみた。

「すみません、はじめまして。

ものすごくいきなりですみません。

今、四国遍路をしているものなのですが、貴誌を読んで非常に感銘を受けて、ぜひお会いしてみたいと思いまして・・・。

今、高松に近づいています。近くなりましたら、またご連絡差し上げます。よろしくお願いいたします。」

電話に答えてくれたのは、男性の方だった。



翌日あたりにでもすぐにお会い出来たら良かったのだが、大きな台風が近づいてきていた。

その晩は、旅館に泊まった。

台風が迫ってきているので、二泊することに。


同泊したのは、フランスとドイツの国境付近にある、世界史でもお馴染みのアルザス地方出身の教授。

一緒に、食事をしつつお話をする。

自分自身ドイツ語は挨拶程度くらいしかできなかったが、英語でお話をした。

さすがに、様々な国の文化や歴史に博学だ。

部屋で休んでいたら、ガラッと扉が開いて、

「これが、さっき言ってたドイツ語で書かれた遍路の本だよ、貸してあげるから是非読んでみて。」と、

ドイツ語の本を渡された。

・・・ううむ、全然わからない(笑)



この台風で、兵庫県が壊滅しないかなあ、なんてことをふと思う私がいた。

夏から立て続けに天変地異が起こっていたが、遍路中の私にとっては「天からの警告」に他ならなかった。


「いやいやちょっと待て、私の本当の望みはなんだろう。」と考えた。


「みんなで幸せになりたい。

私も幸せでいたい。」

というすごくシンプルなことだった。


世の中や他人に対する文句や批判の一切を手放すだけで、自分の幸福はけた違いにあふれてくるものなのだ。



その時読んでいた本は、

途中の古本屋で買った『ナンバーワン理論』(西田文郎)と、

『自由人の脳みそ』(高橋歩)だった。


全く両者は、フィールドの違う人物。

一方は脳科学を利用したメンタルトレーナーで、一方は、起業したり、世界一周したりという自由人。

しかし、同じことを語っている。

「ウキウキワクワクした状態で、物事に当たると、誰でもラクラク成功できる」ということ。

「努力すれば成功する」は嘘であること。


実は、私自身、『ナンバーワン理論』を読んで、絶対にいけないと言われた第一志望校の大学に合格したことがある。

勉強は手につかず、焦りばかりが募り、親は怒鳴り込んでくる。

「もうだめだ!」と何度も自分を責め、リストカット。

そこに塩を塗り込んで刺激を与えてなんとかやり過ごすという地獄の日々を過ごしていた。

そんな日々が、十一月まで続いた。

そんな時に、西田先生の本と出合った。

カチッと脳が、切り替わった。

まず、「自分はすでに大学に合格しているのだ」ということを「決定事項」にしてしまった。

勉強する前に、合格した姿をイメージして、合掌。

「すでに、上智大学哲学科に合格しました。ありがとうございます。」

と瞑想してから、勉強に取り組んだ。

結果が悪かった時は、「ついてる!まだまだ成長できる!」

親が怒鳴り込んできたときも、とにかく感謝してエネルギーに変える。

担任の先生から、「海を泳いで渡るようなものだよ。」と三者面談で言われ親からも、「そうね、辞めといたほうがいいんじゃない」といわれた時は、

帰り道の横断歩道で、悔しくなり、すべてを投げ出せたら・・・という誘惑にかられるが、

「いや、ここで自分を信じれるかどうかが運命の分かれ道。ありがとう!

背水の陣を引くことで、自分に眠っている無限の力を引き出すことが出来る。」

と自分を鼓舞した。

電車の中でも、英字新聞を読み、過去問、問題集は3~5回、完璧になるまで繰り返した。

結果、三か月の勉強で、見事上智大学のみ現役合格。

滑り止めの、同志社関学は落ちた。

入試前に、母親が滑り止めを落ちたのを電話で話していて不安そうにしていたが、ここで自分まで動揺してしまってはいけないと、出来るだけ心を集中させていた。


結局、あの時とてつもなく不安定な環境の中で、自分を信じぬいて、自分自身に負けなかったことが奇跡を起こし、そして、今の自分自身につながっているのだと思う。


今この時もそうだ。

客観的に見たら、新卒で就活に失敗し、しかも、やっとのことでついたパート職を投げ出して数か月も遍路なんかしていたら次の職はない。

しかも、発達障害を持っているため、就労には多くの困難が伴う。

客観的に見たら、絶望的だ。


しかし、マイナスのことが出てきたら、オセロゲームのように最終的にはプラスにひっくり返せたら勝ちだと思っていた。


高橋歩さんみたいに自由な生き方をしている人はわんさといる。

ドロップアウトしたときに、そこで「自分はついてる!」と思えるか否かだ。

逆に、「なんでもやりたいことをできる」ということだから、

やりたいことを何でも思い描いて、挑戦してみることだ。

「成幸塾」を作って、イメージや感情をプラスにして、幸せな人生の成功者を輩出する塾を作りたいと考えていた。

私は、「必ずうまくいく、うまくいかないわけがない、いやすでに自分はうまくいっている」と思っていた。


そして事実、信じたとおりになった。


困難や紆余曲折はあったが、その三年後に、私は起業し、自分の特技を生かし、やりたかった仕事をして、またマスコミにも取り上げられ、職場で理想的ともいえる伴侶と結婚することが出来た。


また、「あなたがあなたらしく生きるためのマインド塾」を開き、高額にせよ、とても素晴らしいセッションが出来ていると自負している。

















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