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デジタル庁に何を期待すべきか

菅政権が発足した。新型コロナウイルスへの対応、国際関係の舵取りなど課題は山積しているが、専ら話題となっているのは「デジタル庁」の創設である。

政権が発足した際に、総理大臣が主導してデジタル技術の活用を重要課題に設定したことは、日本の憲政史上でもおそらく初めてのことだろう。安部前総理の任期途中での辞任表明から、短期間で就任した菅総理がデジタル技術の活用を打ち出したということは、それまでの官房長官としての経験の中で、デジタル化に大きな課題認識を持っていたことの現れだろう。

古くから指摘されていることだが、デジタル化の障壁は、制度も含めた業務の変革であり、そこにはトップリーダーのコミットが不可欠である。総理大臣のリーダーシップの下で、デジタル技術によって煩雑な手続きが無くなり、創造性が発揮される新しい経済の姿へ脱皮することができれば、喜ばしいことである。

その一方で、現時点ではデジタル庁については未確定な部分も多い。どのような組織的な位置づけとなり、どのような業務を受け持つのか、これから検討し、決めていくことになるが、進め方によって成否が大きく左右されるだろう。ここでは、デジタル庁を成功に導くための論点を筆者なりに示してみたい。

膨大な行政関連のIT関連予算

国のIT投資は、政府CIOの下で一元的に取りまとめられるもの以外も含めて総額でおよそ1兆円前後とされているが、これに地方自治体のIT投資額の約7,000億円を足すと、合計1兆7,000億円ものIT投資が行われていることになる(新規開発と運営経費の合計、注1)。もちろん、これだけ膨大なIT投資には、それに伴うだけの多くの行政職員が関わっている。これらの何をデジタル庁は担うべきだろうか?

デジタル庁に関して、経団連は2020年9月23日に緊急提言を出し、「国・地方を通じたデジタル政策を一元的に企画立案する内閣デジタル局(仮称)を内閣官房に設置する」とともに、「中央省庁システムおよび地方公共団体に提供するシステムの企画立案・開発等を一元的に行うデジタル庁(仮称)を内閣府に設置」することを提案した。

つまり、経団連は国・地方を一体的に考え、政策を担う「デジタル局」と開発を行う「デジタル庁」という2段構造にすることを提案している

ところで、国に関しては、IT関連予算は各省で検討されたうえで、今年度予算から政府CIOの下で一元的に調整されたうえで計上することとなっていた。経団連の提案は、予算だけでなく、システム企画立案から一元的にデジタル庁・デジタル局で行おうということであるが、膨大なIT投資を一元的に管理し、中身の企画まで手掛けるとすれば、相当大規模な組織でなければ実現できないかもしれない。

国のIT予算の中身とは?

そもそも、これらの莫大なIT予算を使ってどのようなことが行われているのだろうか。ここでは、国に対象を絞って紹介したい。

国の現業向けシステムの企画・設計・調達・運用

第一に、国が管轄している情報システムの企画、開発、運営がある。年金の情報管理システム、ハローワークのシステム、貿易管理、国税、免許証の管理など多岐に渡る。全国規模であるだけに取り扱うデータ量も多く、トランザクションも多い。また、業務が複雑だったり、停止すればと国民の社会経済生活に大きな影響が及ぶものもある。

地方自治体システム関連の仕様調整、リソース提供

我が国では地方自治の原則が強く意識されており、マイナンバーシステムも含め、形としては自治体の連携によって企画、運営されている情報システムも多い。とはいっても、誰かが音頭を取って取りまとめる必要があるため、通常は総務省が中心となって取りまとめを行って開発し、自治体に提供するという形態が取られる。

情報通信関連の研究開発的プロジェクト

上記のような社会経済生活に不可欠なシステム以外にも、技術の応用を実証するための研究開発的なプロジェクトも存在する。ブロックチェーンを活用した地域通貨の実証、農業へのITの活用、スマートシティ/交通関連へのIT活用、医療ITなど、多岐に渡る分野でIT活用の研究開発が行われている。

コロナ対応など緊急対応のための新規システム開発

新型コロナ関連で急遽必要になった接触確認アプリ(COCOA)、新型コロナウイルス感染者等情報把握・管理支援システム(HER-SYS)、また各種助成金、給付金の申請、支払いに必要なシステムなど、新たにシステム開発が必要になる場合もある。その分野を所管する省庁において検討・開発が行われる。

国・地方のネットワークインフラの整備

上記以外にも、霞が関や地方自治体で個人情報や秘匿性の高い情報を扱うための専用のネットワークが整備されている。国の政府共通ネットワーク、自治体間を繋ぐLGWANなど、また、認証基盤なども主に国によって企画・開発が行われ、展開されている。

これらは国におけるIT予算に関連する業務を俯瞰して見たものだが、地方自治体も同様に、住民記録、税務、戸籍、福祉など多種多様な業務のための情報システムの企画、開発、運営を行っている。1兆7,000億円という金額も莫大なものだが、その内容の企画検討には多くの行政職員も関わっている。

デジタル庁は何を担うべきか

このように国・地方のIT投資に関わる業務が莫大な中で、その全てをデジタル庁が担うのはやや荷が重いのではないかとも考えられる。そこで、筆者は以下の3点に重点を置いて、国・地方のデジタル化を刺激し、先導する役割を担ってはどうかと考えている。

1.サービスデザインの主導

これまで、政府CIOの下で一元化してきたのは予算であり、その主眼はコスト削減であった。もちろん、無駄なコストを削減することは重要なことであるが、コストの多寡に関わらず、サービスとして利便性が低かったり、使うためにかえってユーザーの負担が増えるようなものであれば、国民としては大きな損失となる。

そのシステムを利用するエンドユーザ―にとって、本当に画期的な利便性をもたらすものであるかどうかを厳しく吟味し、ユーザーエクスペリエンス(顧客体験)の観点から行政システムの底上げを図ってほしい。ここでユーザーとは生活者としての国民、企業での利用者、そして行政職員も含まれる。

その際、「情報システムの範囲はここまで」という割り切りではなく、利用者の視点から業務全体(エンド・トゥ・エンド)で評価する必要がある。情報システムにデータを入力するためにコピーと郵送、切り貼りが増えるようなシステムであってはならない。オフラインの部分も含めて、本当に業務が楽になったのか、どれくらい楽になったのか、KPIを設定し、データを収集して客観的に把握し、常に改善し続ける体制を作る必要がある。

デジタル庁にはサービスデザインの視点から、コストだけでなく、全てのシステムのユーザビリティを評価・啓蒙し、常に改善を求める役割を期待したい。

2.内製力の向上

これまで、行政機関のシステムは、基本的にシステム開発会社に委託する形で開発されてきた。規模の大きなシステムには多くの人員と高い専門性が求められるため、これまでと同様に委託開発が中心になると考えられるが、外部委託には柔軟な変更に対応しにくいという課題があるため、これからは発注者側にもある程度自前で開発できるスキルを身に付けておくことが必要である。これを「内製力の向上」と呼ぶが、内製には必ずしもコーディングだけでなく、業務やシステムを設計するスキルも含まれる。

先に述べたように、これからはサービスデザインに着目し、ユーザーの利用状況に応じて柔軟にUXを改善していくことが求められる。一方、システム開発を委託していると、発注の切れ目などによって、運用開始後にシステムの改善が出来なくなる場合がある。内部のメンバーで簡単な変更を行えるようになれば、こうした「使いにくいシステム」が放置されるという現象を防ぐことができる。

但し、現在の行政職員がすぐにコーディングまでできるようになるのは難しいだろう。そこで、兼業・副業の仕組みなどを活用し、スキルを持つIT人材が行政職員の肩書も持って活動することで、内製力の向上を行うことができる。マネジメント層については、既に政府CIO補佐官制度によって、民間から兼業の受け入れを行っている実績があるため、これをより現場層まで拡大し、民間との人材交流を増やしていくことができる。また、従来委託契約だったものを、人材派遣契約に切り替えることでも実現できる部分があるだろう。

こうした人材を増やすことで、内製せずに委託した場合であっても、システム開発企業とのコミュニケーションはより円滑になり、より良いシステムを作ることに繋がるのではないだろうか。

3.当面の重点業務の絞り込み

先に述べたように、国や自治体が抱えるシステムは膨大である。その全てに全面的に取り組むには膨大な人員が必要になり、また焦点がぼやける可能性がある。せっかく政治的に画期的な取り組みがスタートする中で、数年にわたって成果が見えなくなってしまえば、デジタル庁の取り組み自体が厳しい評価を受けかねない。

そこで、まず最初の2年程度で重点的に取り組む業務を絞り込んで対応するのも一案である。それらは、ユーザー、特に国民にとって飛躍的に利便性が向上するものである必要がある。新規で取り組む業務としては、コロナ関連の給付金、補助金の申請・支払や、感染状況のリアルタイム提供ということもある。また、既存の業務では、確定申告のデータを手入力する必要がなく、ほぼ自動で完了する(支払いデータやレシートデータの標準化を伴うため少し時間がかかるだろう)といったこともあるだろう。

せっかくスタートしたからには、「デジタル庁ができて変わったな」と国民が実感することが、政治的にも重要である。サービスデザインに重点を置き、模範を示すことで「一点突破、全面展開」となることを期待したい


注1)財務省主計局資料https://www.mof.go.jp/about_mof/councils/fiscal_system_council/sub-of_fiscal_system/proceedings/material/zaiseia270519/03.pdf


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