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夜明け前のドゥカティその3【キャプテン鳴松とカワサキバリオス】

旅するスーパースター、蕎麦宗です。

あれは確か大学へ入学してすぐだったと思う。韮山高校サッカー部の同級生・鳴松が通う東京都立大学へ遊びに行った時のことだ。

【サッカーはやめてしまったけれど その10】に書いたように、僕らの学年は創部以来最強メンバーとOB達に期待されたものの、ついぞ県大会出場すら叶わない弱小チームで終わった。才能溢れるタレントが揃っても、そこはチームスポーツ。メンバー間の規律と熱意や息が揃って初めて力を発揮出来るもの。しかしながら個性豊かな面々は、どことなくぎこちなくその歯車が揃うことなく終わった。さぞかし束ねるのは大変だったと思うが、それを引き受けていたのがキャプテン鳴松だ。

思い付きで無鉄砲で本能的な僕とは異なり、理知的で用意周到で常にバランスを図って行動する彼は『石橋を叩いて壊して作り直して渡る男』と同級生達から揶揄されるほど、思慮深くかつ才能溢れた男だった。僕は、そんな彼に対して『ないものねだり』で憧れていたし、大学生活の全てを自身の稼ぎで賄うほどのこの努力家をいつも尊敬していた。

現役で先に進学している都立大学の寮は、コンクリート打ちっぱなしの最新建築。

『流行りだしキレイかも知れないけど、なんだか冷たい感じがして俺は好きじゃない』

という彼の部屋に泊めてもらって酒を飲みながら、入学式の日に振られて結局彼女が出来ずに凹んでいる僕へと、散々慰めの言葉を掛けてくれた記憶が今も思い浮かぶ。

それから少し経った頃、再度遊びに行って彼の所有する二輪車に跨らせて貰ったのが、僕の初めてのオートバイ運転体験。当時は*レーサーレプリカ人気がひと段落し、空前の*ネイキッドブームが起きていた頃。スズキバンディット、ヤマハXJR・ズィールなどの名を聞いて心躍る中年男性は多かろう。その一つカワサキバリオスが鳴松の愛車で、買ってまだ間もないピカピカの新車だった。

サーキットなどと同様に、学内は一般道路ではないから無免許でも走らせることができる。乗る分には自転車と大差ないから、アクセル吹かしてすっ飛ばして風を切った。まだサラサラだった*グラボブ髪を逆立てて、気持ち昂るままに一周回って戻ってきたまでは良かった。ところが…いざ降りようと思いきや、オートバイの重さに不慣れな自分は足付きしたその瞬間にバイクを倒してしまう。

『ゴメン、鳴松、すまん、ホントゴメン』

ミラーやステップだけでなく、あちこちに傷をつけてしまった。なにぶん新車だ。彼が自分で買った自分のバイトの稼ぎでのローンだ。でも、平謝りする自分を責め立てることもなく鳴松はこう言った。

『形あるものはいずれ壊れる。自分もその内転ばすから気にしなくていいよ』

そうあの名作アニメ《一休さん》のワンシーンに出てくるあの名台詞セリフをさらりと口にしたのだ。一休さんが壊してしまったお寺の大事な器に、仏教用語の《諸行無常》を重ねた言葉。機転を効かせたとしてもあの状況で冷静沈着にいられて、相手をおもんはかる一言を掛ける20歳はたちの若者。僕も何かあっても彼のようにありたい、そう心から思った経験だった。

…未だ尊敬しかないのは、あれから30年経った今も変わらない。そんな鳴松は何年か前に、勤める(株)鈴与商事のとある子会社の社長に就任した。力のある友人が正当に評価されて、その立場に成った事は自分のことのように嬉しかった。

『アイツ、また乗らないかな?!オートバイ』

大型二輪免許を取ってスズキSTに跨って走る今。バイパス道路を飛ばす時、ふと、そんなことが思い浮かんだ。

*レーサーレプリカ…オートバイのサーキットレースで使用するタイプの車種

*ネイキッド…カウルがないタイプの車種

*グラデーションボブ…当時流行りの髪型

カワサキの名車バリオス

#ネイキッド #カワサキバリオス #かたちあるものはいつかは壊れる




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