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秒速5cmくらいの先輩風を吹かせたい/兎の中の人

ついに4月に入り、新年度がはじまった。
3月に多くの別れを惜しんだばかりだというのに慌ただしくてもう1週間たった気分だ。
仕事でも新人さんに教育をしなくてはいけない場面が増えたのでいつまでも後輩気分でいるわけにはいかないだろう。

人に教えるのにはやっぱり最初が肝心だ。
間違えたことを教えてしまっては、新人さんが困る。

「そんなの誰に教わったの!?」
「渥美さんです」

なんてやり取りがあった翌日には私の席がなくなっているかもしれない。
まぁ、私のデスクは新年度を迎えたのに荷物だらけで片づけるのも困難だろうが。

そんな中、新人という名のベテランさんが配属された。
ベテランというか……一緒に仕事をしたことはないが立場上、上司も上司、とんでも偉い立場の人が定年退職後に改めて配属されたのである。
とはいっても、今の仕事は何年かぶりで久々であろうということで最初の接客や機械操作を私が教えることになった。

さきほども書いたが最初が肝心!
職場の仲間内でも「時速10メートルぐらいの先輩風を吹かせてやれ」と言われたので、内心びくびくしながらもちゃんと教育をしようと思った次第だ。
ただ元偉い人に対して時速10メートルの風はちょっと強すぎる気がする。
せめて小出しにして秒速5センチメートルぐらいではどうだろうか。

ある作品のタイトルでもあるし、分速にして30センチメートル。
時速では180センチメートル……まぁ、2メートル弱。
計算が間違っている気もするが、それはさておき継続して吹かせばそこそこ強い風になるではないか。

よし、目標は秒速5センチメートルの桜の花びらが綺麗に舞うくらいの先輩風だ!
そう思って出勤した初日……

………まぁ、さすがですね。
元居た部署でも同じ作業をやっていたらしく、ほぼほぼ完璧すぎて私の教えることなんてありゃしない。
横で見守りながらも「私の存在いるのか?」という疑問ばかりが浮かんでくる。
目標にしていた秒速5センチメートルの春風どころかほぼ無風じゃないか。
桜も舞わないよ。

しかもこの方、上の立場にいたはずなのにすごく腰も低くて優しそうな雰囲気を纏っている。
先輩風吹かせるとか考えていた自分がとても恥ずかしいくらいだ。

もちろん他にも後輩たちがやってきているので仕事を教えなくてはいけないのだが、この一件で私の先輩風はどこかへ行ってしまい、ただの明るいのーたりんなおもしろい人になっていたと思われる。
おそらくは悪い人だと思われてはいないと信じたいが。
下手な先輩風を吹かせて嫌われたりするよりかはマシかと考え、今年度も二足の草鞋生活をがんばろうと思うのだった。

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