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第35回 山本周五郎賞 受賞作予想してみた

 ごきげんよう。あわいゆきです。

 今回は5月16日に発表される山本周五郎賞の受賞作を予想していきます。

 なお、あくまでも予想です。作品の内容評価とは離れた、外的要因も幾分か踏まえて予想をするのでその点はご理解ください。

 まずは候補作の確認から。

『余命一年、男をかう』吉川トリコ(講談社刊)
『灼熱』葉真中顕(新潮社刊)
『黛家の兄弟』砂原浩太朗(講談社刊)
『砂嵐に星屑』一穂ミチ(幻冬舎刊)
『チェレンコフの眠り』一條次郎(新潮社刊)
新潮社のツイートを引用

以前にした候補作予想の的中率は1/5。ふがいない結果です。

 自社枠で葉真中顕さんの『灼熱』は順当なところでしたが、一條次郎さんの『チェレンコフの眠り』はまさかのダークホース。有力作の多い講談社からも二作品が選ばれていて、そのうちの片方が吉川トリコさんの『余命一年、男をかう』だったのも個人的には意外でした。全体的に予想のしづらい候補作抜擢だったように感じます。

 今回も簡単にですが一作ずつ紹介をして、受賞作の予想をしていきます。
 なお、作品内容そのものの評価ではなく、「賞を受賞できるか」を観点に書いていくので、ご了承ください。

 作品のネタバレがあるので、未読の方は注意してください。


『余命一年、男をかう』吉川トリコ(講談社刊)

幼いころからお金を貯めることが趣味だった片倉唯、40歳。ただで受けられるからと受けたがん検診で、かなり進行した子宮がんを宣告される。医師は早めの手術を勧めるも、唯はどこかほっとしていたーー「これでやっと死ねる」。
趣味とはいえ、節約に節約を重ねる生活をもうしなくてもいい。好きなことをやってやるんだ! と。病院の会計まちをしていた唯の目の前にピンク頭の、どこからどうみてもホストである男が現れ、突然話しかけてきた。
「あのさ、おねーさん、いきなりで悪いんだけど、お金持ってない?」。
この日から、唯とこのピンク頭との奇妙な関係が始まるーー。
https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000352966

 がんを宣告されたケチな女性が、偶然出会ったホストをお金で買う話。男女が逆だったら炎上しそうな内容ですが、そのあたりは配慮されており、バランスのとれた物語にするべく努められています。そうした関係性のはぐくみから、「結婚」という行為の本質について迫っていくのは読ませるものがあります。

 一方、登場人物の癖の強いキャラを個性として受け止められるかのヘイトバランスの管理は、やや粗雑な印象も受けました。「男をかう」唯は意図的に加害性を秘めたキャラクターとして描かれ、それに対してカウンターパンチを決めるのが前半。その後に男(瀬名)の視点に移るのですが、唯の加害性について言及をしていきながらも、それを人の在り方として回収してしまうのは、唯にとって都合のよい物語の域を出られていないように感じてしまいました。ラストも予定調和的なところにおさまって、彼女は救われるべき道筋を辿っただろうか、としこりが残ります。

 古い立場を逆転させる発想で、よく描かれている物語ではあります。ただほかの4作がいずれもハイレベルなので、相対的に見劣ってしまうかもしれません。

『灼熱』葉真中顕(新潮社刊)

沖縄生まれの勇と、日系二世のトキオ。一九三四年、日本から最も遠いブラジルで出会った二人は、かけがえのない友となるが……。第二次世界大戦後、異郷の地で日本移民を二分し、多数の死者を出した「勝ち負け抗争」。共に助け合ってきた人々を駆り立てた熱の正体とは。分断が加速する現代に問う、圧倒的巨篇。
https://www.shinchosha.co.jp/book/354241/

 直木賞候補の予想筆頭にあげていた作品が、吉川新人賞に続いてのノミネート。戦後間もないブラジルで、日本人移民同士の抗争を描いた巨編。
 幾度となくnoteで紹介してきたのでコピペ……になってしまうのですが、まずなによりも、これまでにない題材の抜擢が素晴らしいです。そして題材を磨き上げるブラジルの色濃い描写はリアリティがあり、人間関係もじっくり丁寧に描かれていきます。現代にはびこる問題に対しても提起がされているので、2021年に描かれる必然性を有していました。

 突っつけば欠点はいくつか出てくるのですが、それを圧倒的に上回る熱量とスケールがあります。エンターテインメントとしての完成度は他候補作の追随を許していません。

 今回は自社枠ということもあり、かなり期待してもいい立場にいるはず。ただ、吉川新人賞の選評でけっこう酷評が多かったのは気になるところです。欠点を十分補えるだけの魅力を有した作品ですが、その魅力がどこまで評価されるかでしょう。


『黛家の兄弟』砂原浩太朗(講談社刊)

道は違えど、思いはひとつ。
政争の嵐の中、三兄弟の絆が試される。
『高瀬庄左衛門御留書』の泰然たる感動から一転、今度は17歳の武士が主人公。
神山藩で代々筆頭家老の黛家。三男の新三郎は、兄たちとは付かず離れず、道場仲間の圭蔵と穏やかな青春の日々を過ごしている。しかし人生の転機を迎え、大目付を務める黒沢家に婿入りし、政務を学び始めていた。そんな中、黛家の未来を揺るがす大事件が起こる。その理不尽な顛末に、三兄弟は翻弄されていく。
令和の時代小説の新潮流「神山藩シリーズ」第二弾!
https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000359603

 昨年の山本周五郎賞でも候補入りしていた『高瀬庄左衛門御留書』に続く、シリーズ第二作。といっても前作とは舞台となる藩が同じだけで、共通する登場人物は出てきません。そのため単作として読むことも十分に可能。

 今回の神山藩では、三兄弟の行く末に焦点が置かれていました。政争に巻き込まれてそれぞれ別々の道をゆく三兄弟の姿が描かれ、その過程で友情ミステリ恋愛チャンバラ権力闘争と、あらゆるエンタメ要素を詰め込みすぎなぐらいぎゅっと一冊に凝縮しています。しかもそれを破綻なく丁寧にまとめ上げているので、作品としてとてもよく仕上がっていました。エンタメ作品として間違いなく読みやすく、かつ面白い優れた出来です。

 前作に引き続き安定した作品で、瑕疵として挙げられていた女性の描写も改善されており、前作を上回る作品だったとは思います。
 一方で新しさには欠けるうえ、前作から内容的に大きく変わったところはありません。完成度が高いので一定の評価はされるでしょうが、選考委員から強く推されるタイプの作品ではないように思います。その点で少々、分が悪いか。


『砂嵐に星屑』一穂ミチ(幻冬舎刊)

舞台はテレビ局。旬を過ぎたうえに社内不倫の“前科”で腫れ物扱いの四十代独身女性アナウンサー(「資料室の幽霊」)、娘とは冷戦状態、同期の早期退職に悩む五十代の報道デスク(「泥舟のモラトリアム」)、好きになった人がゲイで望みゼロなのに同居している二十代タイムキーパー(「嵐のランデブー」)、向上心ゼロ、非正規の現状にぬるく絶望している三十代AD(「眠れぬ夜のあなた」)……。それぞれの世代に、それぞれの悩みや壁がある。
つらかったら頑張らなくてもいい。でも、つらくったって頑張ってみてもいい。続いていく人生は、自分のものなのだから。世代も性別もバラバラな4人を驚愕の解像度で描く、連作短編集。
https://www.gentosha.co.jp/book/b14151.html

 大阪のテレビ局を舞台に、年齢も性別もばらばらな男女4人が自らの内側にある、ある種の孤独と向き合っていく連作短編。登場人物は他人に対してどこか疎外感を抱きながら、それが原因でときに衝突や失敗もし、最終的に寄り添ってくれる存在に気づきます。相互理解を強要する物語ではなく、むしろ相互不理解を前提に置きながら書き進められているので、読み手を突き放す厳しさを備えながらも、最終的に救われたような気持にさせられます。
 また、年代特有の悩みをそれぞれしっかり描けているので、広い範囲で刺さる作品にもなっていました。

 総じてレベルは高く、作者の短編小説における技巧の鋭さを改めてみせられました。
 一穂ミチさんは昨年『スモールワールズ』で話題に。いま勢いに乗っているなかでの山本賞初候補入りです。数か月前に吉川新人賞を受賞したばかりですが、勢いのままに山本賞を受賞する可能性もあるのではないでしょうか。


『チェレンコフの眠り』一條次郎(新潮社刊)

猫のまたぐらよりも暑い夏の日の午後、ヒョウアザラシのヒョーの飼い主、マフィアのチェレンコフが銃殺された。のこされたヒョーは、荒廃した外の世界にはじめて繰り出す。汚染された土地、プラスチックの雨、奇妙な人々、破壊された次の地球、そして海底の町――。唯一無二の奇才が放つ、不条理で不可思議、ユーモアと悲哀に満ちた書下ろし長編。
https://www.shinchosha.co.jp/book/339873/

 マフィアに飼われていたアザラシが飼い主を失い、アザラシ用のゴルフカートに乗って旅を始めるロード・ノベル。アザラシは道中でいくつもの出来事を経験します。無賃金で雇われてオウムガイをヒレで殺す仕事に従事したり、商業主義のプロデューサーに拾われて歌手デビューしたり、洗濯機で身体を洗っていたら下水道に吸い込まれたり、ボートで巨大オウムガイに突撃したり……羅列しただけだと意味不明ですが、実際にそうとしか言いようがない。
 それらのエピソードの背景に存在しているのは、現代の資本主義社会の裏側で犠牲になっている動物(人間含む)の存在。搾取される側と人間によって破壊されていく環境をアザラシの視点から描くことで人間とそのほか動物の境界線をあいまいに溶かし、二者間の違いについて問う、ひとつの大きな問題提起を行っています。

 描写力は文章力は今回の候補作でもピカイチ。一方で物語の起伏は少なく、示唆を含んだ曖昧な部分も多いため、エンタメ小説!……という雰囲気はあまり感じませんでした。山本賞よりも三島賞のほうが向いている印象です。
 ただ筆力は確か。読み手を引き込ませるだけの力強さをもった作品なので、自社作ならばもしかして……という可能性も思わせてくれる一作です。


予想

 過去10年、三島賞と山本賞は一度も同時受賞がありません。そのため今回も単独受賞が濃厚。

 そして今回の候補作だと、葉真中顕『灼熱』が自社枠ということを勘案しても一歩抜きん出ているように思います。もともと直木賞の候補予想でも挙げる声は多かった作品。題材・文章・熱量、どれをとっても申し分のない出来栄えではないでしょうか。

 また、一穂ミチ『砂嵐に星屑』はハイクオリティな作品が揃った連作短編集です。受賞してもなんらおかしくないレベルだと思います。
 そして一條次郎『チェレンコフの眠り』はエンタメ的な起伏が弱く、三島賞でノミネートされていてもおかしくないタイプの作品ですが、文章の練度は今回の候補作でもいちばん。自社枠ということもあって、可能性はあるように感じます。

 砂原浩太朗『黛家の兄弟』はとてもよくできたエンタメ作品で、私個人の感想としては、上半期でも五指に入るほど大好きです。ただ、あまりに綺麗にまとまりすぎているゆえに、選考の場で比較されてしまうとワンパンチが足りないかもしれません。吉川トリコ『余命一年、男をかう』も面白い作品ですが、この場に並ぶと少々、分が悪いように思います。

本命 : 葉真中顕『灼熱』
対抗 : 一穂ミチ『砂嵐に星屑』
単穴 : 一條次郎『チェレンコフの眠り』

 というわけで、私の予想はこんな感じ。
 ただ、『灼熱』は減点方式だとかなり低い評価をくらってしまうと思うので、そうなると逆に瑕疵の少ない『黛家の兄弟』が浮上してくると思います。

 山本賞の発表は5月16日。いまから楽しみに待ちましょう。

 それでは、ごきげんよう。

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