作られた分断:第六部 諸悪の根源は日米安保

※本記事は2018年4月27日に執筆した記事を加筆修正し、再掲したものです。

沖縄県名護市辺野古の新基地建設に向けた護岸工事が着工してから1年が経った。

海岸から沖側に延びる“道”が護岸ブロック。護岸を敷き詰めれば、そのなかに土砂を埋め立ててそこを米海兵隊が滑走路として使用する=沖縄タイムス

国が進める護岸工事は、県の承認が下りたわけではない。
県の判断を無視して強行されている工事だ。

◇「米軍が日本を守ってくれる」という幻想

政府が辺野古移設を正当化するために用意するエクスキューズは「北朝鮮の脅威に対する抑止力」と「普天間の危険除去」。

予断は許さないものの、対話路線へ転化しつつある北朝鮮を軍事的な脅威と見なすことにどんな意味があるのか甚だ疑問ではあるし、普天間から辺野古へ移設してもそれは危険除去ではなく、たんなる危険の移し替えにすぎない。

辺野古にはすでにキャンプシュワブとよばれる米海兵隊の基地が存在するが、そこに世界一危険な軍事基地との呼び声高い普天間基地の機能を移設し、代替基地として機能させるということだ。

思えば、2009年の政権交代時はじめて単独与党となった民主党(当時)は普天間基地の移設先について「最低でも県外」という公約を示していた。

しかし、戦後長らく日本の安全保障の根底にあり続けた自衛隊と米軍の共存関係に抗うことができず、結局自民党政権時代からの「普天間の移設先は辺野古」という既定路線に回帰せざるを得なくなった。

このことで沖縄県民はもちろん、日本国民の多くの期待を裏切る形となってしまった鳩山政権はあっけなく退陣した。

この失政や、安倍政権の独断的な基地建設強行を許しているのは、多くの国民のなかに刷り込まれている「日本の防衛には米軍が必要である」という固定観念だ。

米国からすれば、日本国民が「米軍は日本を守ってくれる」と信じてくれる方が都合がいい。米国が日本各地に米軍基地を置いているのは、極東有事の際に日本を防衛するため(この機能はここ近年形骸化している。)というよりも、日本政府が駐留費(「思いやり予算」)を支払ってくれることによるコストダウンができるから。詳しくは別章で書いたが、米軍の即戦力部隊である海兵隊のほとんどは、1年のうち合計半年間は日本にいないのだ。

◇ふたたび過る「辺野古回帰」への懸念

政権時代の民主党、現在の立憲民主党ともに米軍基地に対するスタンスに説得力が欠ける。なぜなら、安倍政権が強行する基地建設には反対するものの、自らが政権を担う際にどういった方向性で米国と議論を進めていくかというビジョンがぼやけているからだ。

立憲民主党の枝野幸男代表は、沖縄タイムスの取材に「辺野古移設問題はゼロベースから考える」と答えているが、単に白紙に戻すだけで、その後どのように議論を進めていくかを示さない限り、結局行き着く先は辺野古に回帰した鳩山政権がたどった末路と変わらないのではないだろうか。

それならば、「米国との軍事同盟を破棄し、経済同盟を結び、米軍基地を一掃しよう」と訴え続けてきた共産党の方がビジョンも筋道もはっきりしている。

共産党のこうした方向性が正しいかどうかはさておき、少なくとも彼らが安倍政権の辺野古基地建設強行に反対するのに一切の矛盾は生じない。

◇自国の安全保障を他国に握られている現状

日本は戦後70年以上経っても米国をあるじとする構造的な主従関係を脱することができていない。

戦後73年間くすぶり続けてきた米軍基地問題。諸悪の根源はどこにあるのか。

繰り返すが、それは米国と日本の間に存在する軍事的主従関係のあり方つまり日米安保ではないかと思う。

日米安保が存在するかぎり、米軍基地は日本に存在し続けることになるだろう。国防のためにやむをえないと考える人も多いかもしれないが、自分の国の守り方さえ他国に握られている現状はなんとも虚しい。

※本記事は2018年4月27日に執筆した記事を加筆修正し、再掲したものです。

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