完璧主義の残骸と私

 完璧主義の人は少なくとも人生で一回くらいは好成績を残したことがあるんじゃないかと勝手に思ってる。

 かく言う私も残したことがある。突発的なやる気で一位を取っては俺はできる人間だと慢心していたのはいい思い出だ。それでも表彰されたのは嬉しかったし、褒められることなんて滅多にないので完璧主義の空いた心が埋まるような心地がして気分が良かった。
 ただ勉強が好きだからそこまでしたのかと言うとそうではない。たまたま同じクラスの人間が同じ物差しで競い合っているのを見て勝ちたくなっただけだ。そこで好成績を残せば自分を価値ある人間だと証明することができると思っていた。今思うと浅はかにも程がある思想だが当時はマジだった。
 大学受験も似たような思想で自分を追い詰め、何時間も勉強に励んだが第一志望には受からず、滑り止めに進んだ。それでもクラスでは一番上のランクではあったのだが、大学受験で好成績を残せていない時点で自分の思考の中では自分は価値のない人間だと言うことを証明したと認識しており、ある種の挫折を味わった。
 高校では競争してたからやったと上記で言った通り勉強は好きではなくむしろ嫌いで大学に入ってからは難易度も高くなり、わからなくなった自分を認めることすらできず、さらにわからなくなるの悪循環。体調を崩して大学にもいけなくなるほどの情けない醜態を晒した。
 ここまで能無しな完璧主義者も珍しいだろうが、ここ数年でここまで自信を削られると流石に堪える。最近はもうこれ以上落ちぶれていく姿が見たくない、わからない自分を認めなくないと勉強すら最低限で済ます始末。そして余計わからなくなるの悪循環♡終わりすぎていて笑えてくる。ハリボテの過去の栄光や自信にのみすがって生きているとそれが崩れた時にはこうも転げ落ちるように人生が終わっていくんだなと思う。
 これで酒やタバコでもできたら良いのだろうが、あいにく体に合わずカフェインすら合わない。あーなにが俺を救ってくれるんだ!もう俺を救ってくれるのはテクノロジーの進歩だけかもな〜。ガジェットとかゲームとか音楽とか目先の幸せをパン食い競争のように追い続け気づいたら老人になっているのだろうか。あー恐ろしい。さっさとくたばりてえ〜。以上👼

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