見出し画像

ほんの少しだけでも

 きっとこれは、自分自身に向けた、自分自身の為の文章だ。誰の役にも立たないかもしれない。何の役にも立たないかもしれない。

 それでも、書いてみる。

 もしも、たったひとりだけでも、誰かの役に立てたなら。ほんの少しだけでも、何かの役に立てたなら。そんな祈りを込めて。

 ---★---

 ここのところ、テレビのニュースを見ないようにしてしまっている。

 ニュース映像で映し出されるのが、七年前に見た光景に似ているから。

 七年前、あの日の翌日に、新聞が届いた。新聞が届いた事に驚いた。薄い薄い新聞に載っていた写真は、信じられない光景を写していた。写真を見ても尚、何が起きているのか、正直、把握できなかった。

 あの日から数日後、電気が通った。テレビをつけた。やはり、何が起きているのか、把握できなかった。これは、本当の事?

 あの日から2か月後の連休、海沿いの道を通った。いや、道ではなくなっていたけれど、道と呼ぶしかないのだろう。よく知っているはずの場所なのに、言われなければ、ここがどこだか分からない。何もかもが壊れていた。何の面影も無かった。ありとあらゆるものが、そのまま散乱していた。

 ---★---

 七年前、地震で揺れた町に住んでいた。

 揺れたとは言え、海からは遠い場所だ。大した被害を受けた訳ではない。住んでいた家は、あちこち壊れたけれど、全壊と言う程では無い。近しい人たちは、自分よりも被害の大きな人ばかりだ。

 それなのに、あの時期は、しょっちゅう泣いてばかりいた。被害の大きな人ほど、気丈に振舞っていたように思う。泣いてばかりいた私は、余裕があったのだと、そう言われてしまったら、きっと否定は出来ない。

 余裕があるのだから、他の人を助けるべきなのだ。

 頭ではそう思っていた。だけど、痩せる以外には、ほとんど何もできなかった。どんどん体重が落ちていった。胸に何かがつかえて、うまくものが食べられない。痩せたところで、誰の役にも立たない。泣いたところで、何の役にも立たない。分かっているのに。

 ---★---

 七年たった今だから、分かる事がある。

 大好きだった場所が、滅茶苦茶に壊れてしまった事。在り続ける事を何の疑いもなく信じていた場所が、無くなってしまった事。それまでの日常に、突然戻れなくなった事。大切で幸せな場所が、数えきれない悲しみで溢れる場所になった事。

 その事の痛みは、やはり大きかったのだ。こんなに小さな被害しか受けていない私にとってさえも。

 私は私なりに、やはり辛かったのだと、認めようと思う。

 もっと大きな被害を受けた人達の気持ちを分かるだなんて、そんな事は言えない。だけど、自分の痛みを手掛かりにしてしか、辛い人の気持ちを推し量ることは出来ない。

 こんなに小さな被害しか受けていない私が、これだけ辛く感じるのだ。もっと被害の大きな人は、どれだけ辛い事だろうか。

 ---★---

 壊れてしまった場所は、完全には元に戻らない。それでも、大好きだった場所の面影を握りしめたまま、大好きだった場所と同じところに、全く違う大好きな場所を、創り出していくのが、人間だと信じている。

 幸せな場所が、数えきれない悲しみで溢れても、やがてその同じ場所に、新しい幸せを溢れさせる事が出来るのが、人間だと信じている。

 七年たった今、この町は元通りの日常を取り戻しているように見える。いろんなお店が開いていて、夜も灯りが点いていて、道行く人々は笑いながら歩いている。

 だけど本当は、全く元通りという訳ではない。町の傷は、まだ完全には癒えていない。三月になると、この町の人たちは、全員どこかおかしくなる。まあ、三月だから、仕方が無いですよね、と、みんなで口々に言い合って、その時期をやり過ごす。

 それでもこの町を、再び幸せで溢れさせる為の営みに、少しは役に立ちたいと願う。笑う事で。泣く事で。痛みを持ちながらも、幸せに暮らす事で。

 ---★---

 今、必要な助けを、迅速にキャッチして、今、的確に届ける事の出来る人達を、心から尊敬する。

 テレビも見られずにいる自分は、へなちょこだと思う。

 だけど、自分を責めることはしたくない。自分を責めても、誰の役にも立たない。何の役にも立たない。

 へなちょこは、へなちょこなりに、出来る事があると知っている。出来る事は本当に僅かだ。それでも出来る事をしたい。

 ---★---

 あの地震の翌日に、薄い薄い新聞を届けてくれた新聞社も、地震で揺れた県も市町村も、募金の募集を始めた。ニュース映像に映る町の人たちが、あの時、助けてくれた事を、みんな、知っている。

 ほんの少しだけど、そして、多分、届くまでには時間がかかると思うけれど、私の心を預ける事にした。

 すぐに動けなくてごめんなさい。今、困っている人に、今、届ける事が出来なくてごめんなさい。

 でも、多分、テレビに映る町の人たちが、日常をすっかり取り戻すまでには、時間が必要だと思うのだ。だから時間が経ってから届く事にも、きっと意味があるはず。そう信じている。

 あの時、助けてくれた人たちを、ほんの少しだけでも、助ける事が出来ますように。

お目に掛かれて嬉しいです。またご縁がありますように。