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【掌握小説】鈴 ~楽曲「カミカクシ」に寄せて~

「覚えてないの?」

彼女は驚いたようだった。

「だって、幼稚園に入る前だったし」

その時、私は三歳だった。

家族旅行で出かけた先の観光地で、両親が私から、ほんの少し目を離した隙に、行方が分からなくなったのだそうだ。隣町の神社で発見された時には、一週間が経過していたと聞く。

その間、何があったのかは、全く覚えていない。そもそも、自分が行方不明者として、ニュースになったというのも、捜索隊が出ていたのも、きちんと知ったのは、中学に入ってからの事だ。

「ふうん。で、これがその鈴?」

彼女は、私が手にした鈴に、興味を示した。くるくると動く瞳を輝かせて。

「うん、発見された時、私、これを握りしめてたんだって」

空白の一週間を埋める手掛かりは、この鈴だけだ。その辺の土産物屋にありそうな、ちいさな鈴。あまりにもありふれていて、結局何も分からなかったらしい。

「こうして見ると、何の特徴も無い鈴に見えるね」

彼女は大きな瞳を、三日月の形に細めた。あ、この微笑みが好きだな、と、思った。

「だけどね、これ、私のお守りなんだ」

あまり人には言わずにいた事を、打ち明けてしまったのは、多分、彼女の微笑みに誘われたのだろう。彼女は、微笑んだまま、黙って私を見つめた。

「持ってると落ち着くの。何かね、本当に困った時は、助けてくれそうな気がして」

いい歳をして、馬鹿みたいだな、と、自分でも思う。でもこれは、私の大切で、ささやかな秘密だ。秘密と呼ぶには、大袈裟かもしれないけれど。

「今は、本当には困ってないの?」

彼女の視線は、まっすぐだ。

「困ってないよ」

言葉は、反射的に口から出てきた。

「そんなこと言って、全然呼んでくれないね」

「え?」

何を言われたのか、分からなかった。

「はい、これ」

彼女は強引に、紙切れを私に握らせた。

「何これ? あっ! 待って!」

---★---

目が覚めた。

何かの夢を見ていた気がする。だけど全く思い出せない。

とても懐かしくて、優しくて……でも、思い出そうとすればするほど、夢は記憶の狭間に溶けていく。

思い出すのを諦めて、起き上がった。

ダイニングテーブルには、書類が散乱している。それを見るだけで、朝からうんざりしてしまう。

コップに一杯の水を汲み、テーブルについた。散乱している書類を無造作に積み重ねている内に、見慣れない紙切れを見つけた。

「……宝くじ?」

私はこんなものを買っただろうか?

……買ったかもしれない。

ひとり、台所で発泡酒を開けて、今の状況は、宝くじでも当たれば、一発で打開するよな、なんて、酔いに任せて呟いたのは、先週だっただろうか。

パソコンを立ち上げて、当選番号を調べてみた。

「……嘘でしょ?」

どこかで、鈴の鳴る音がした。



この物語は、nanaから生まれました。

物語の始まりは、ノイズです。
aya(ふえふき)さんが、たまたま録音した(と言うよりは、雑音として入ってきてしまった)どこかの親子の「撮るよー」という声だけの音源です。

その音源に、沢山の才能ある方々が音を重ねて、ドラムが入り二胡が入りハープが入りギターが入り、あっという間にインスト曲になり、その曲に歌詞とメロディをつけて歌う人が現れ、そこに更に、ベースが入りフルートが入りコーラスが入りパーカッションが入り……。

そうして生まれた楽曲が「カミカクシ」というオリジナル曲です。

私は、この楽曲がとても好きです。好き過ぎるかもしれません。詩も、メロディも、演奏のひとつひとつの音も、世界観も。幽玄で、美しくて、壮大で、繊細で、どこか多幸感があって。

何度か自分でも歌わせて頂いたり他の方の歌にコーラスを入れさせて頂いたりしています。

それだけでは飽き足らず。

この楽曲をモチーフに、声劇(90秒の小さな朗読劇)の台本を作成し、asano tobariさん朝乃戸張さん)に相手役をお願いして、自ら演じてもいます(配役を変えて、2パターンの音源を投稿しています。私が主人公役を演じたものと、友人役を演じたものがあります)。

この小説は、その声劇を元に、音楽と効果音の代わりに地の文章を足して、小説として構成したものです。

よろしければ、楽曲や声劇もお楽しみ頂けると、とても嬉しいです。

最後になりましたが、楽曲「カミカクシ」に関わった全ての皆様と、今回、声劇で相手役を引き受けて下さったasano tobari さんに、心からの感謝を申し上げます。ありがとうございます。


声劇「鈴」 
~楽曲「カミカクシ」に寄せて~

演者 asano tobari
   箱(清水はこべ)

https://nana-music.com/sounds/05535203
(主人公:箱(清水はこべ)/友人:asano tobari)

https://nana-music.com/sounds/0552dcda
(主人公:asano tobari/友人:箱(清水はこべ))

台本 箱(清水はこべ)

音楽 aya.c.🍄.kai.yomo.kuribayashi「カミカクシ」 

原曲音源
https://nana-music.com/sounds/053d5adf
https://nana-music.com/sounds/053ed0cb

作詞・作曲:kai
編曲:aya(ふえふき)桃乃瀬きのこc
原曲歌唱:kai
原曲コーラスアレンジ・コーラス歌詞:よもちゃん


伴奏音源
https://nana-music.com/sounds/053e3b22

声:どこかの親子(有馬温泉にて)
二胡:桃乃瀬きのこ
ハープ:aya(ふえふき)
祭囃子(フルート):aya(ふえふき)
パーカッション:くりばやし
その他:c


お目に掛かれて嬉しいです。またご縁がありますように。