🌻第12回毎月短歌「６月の自選短歌部門」の選評⛵

第12回毎月短歌「6月自選短歌部門」を担当させていただいた岩舘です。
応募総数252首から7首、自分の心と相談しつつ、ときに知恵熱を出しながら、真剣に選びました。今回は7月上旬が締め切りだったこともあり、梅雨や初夏の香りのするお歌が多かったのも印象的でした。皆さまの固有の夏を追体験させていただき、胸いっぱいです。

7首選（順不同）

①見た目の美しさ（フォルム）、②韻律・調べの良さ（音楽性）、そして③批評性のある内容世界を評価軸に選ばせていただきました。
この三要素はいずれも私が短歌を味わう上で、また詠む上で大切にしている軸となります。以下、ひとつひとつご紹介します。

カブトムシ育てきる夏ひとしれず男児の母は羽化を遂げたり

あひる隊長（https://twitter.com/taicho_ahiru_tw）

「育てきる」の「きる」が効いてますよね。息子に付き合って漫然と育てたのではなく、しっかり幼虫から成虫まで育てきったと。そしてカブトムシを育てきったことが何か魔法のスイッチのように働いて、母親自身がひとしれず羽化を遂げたという驚きの展開です。「羽化を遂げたり」はもちろん比喩ですが、人間である母親が羽の生えた妖精に変身するような、ファンタジックな光景を想像させられます。子どもと共に新鮮な体験をすることで、大人も一皮剥けるという話。しかし「羽化」と歌うことでそれ以上の射程を感じます。日常的に語られがちな子育ての一コマを、子どもではなく母親の変化に焦点をあて、このように美しく幻想的に描いている点が魅力的。「男児の母」という具体も効いてます。カブトムシという人ならざるものを起点に、男児、母親が登場する。短い文字数の中に壮大なスペクタクルを感じました。

シャンプーとコンディショナーの足並みも揃えられない おれにはなにが

マノチハル（https://twitter.com/manonochiharu）

「シャンプーとコンディショナーの足並みも」。とてもリズミカルでなめらかな韻律です。現代口語ならではのおしゃれな言葉の斡旋。シャンプーとコンディショナーを合わせてこんなきれいに上の句に入れられるのか！と感動しました。「足並み」という無理のない擬人化表現も効いてますし、この状況、なんだかとても共感します。結句の「おれにはなにが」という等身大のつぶやきも切実さを感じます。不全感や劣等感、日頃お仕事や色々な活動をするなかでなかなか上手くいかないことってたくさんありますよね。そんなとき、シャンプーとコンディショナーの足並みも揃えられない。そんなことにすら自信喪失してしまう。一体どうしてこんなにだめになっちまったんだおれは……という。でも本来シャンプーとコンディショナーなんて片方が右、片方が左後ろ、どっちかが倒れたまま、でも何でもいいし全く問題ないんですよね。頑張って日々を生きていて神経が過剰に研ぎ澄まされているからこそ、そんな些細なことにも気がついてしまう。そんな現代人の生真面目さ、ストレス社会が表現されていると思いました。

夏は好き 命が燃える音がしてみんな等しく蝋燭になる

あきの　つき（https://twitter.com/_akino_tsuki_）

素直な現代口語でリズミカル。すっと伝わってくるお歌です。これ、逆の言説をよく聞きませんか。燃えるように暑いから夏が嫌い。戦争のことを思い出すから夏はしんどい。でもこの歌はまっすぐに「夏は好き」と頭から突っ込んで、さらに「命が燃える音がして」「みんな等しく蝋燭になる」と歌い上げています。これは、現在の猛暑の辛さと、かつての戦争の被災、そしてそれを追悼する現代の私たちの様子を合わせて歌っていると思います。軽やかに歌い上げていながら、複層的なことがらを描いている点が素晴らしいです。「みんな等しく蝋燭になる」というのは、暑くて溶けちゃいそうという身近な感覚を表しつつ、戦争で亡くなった方々への慰霊の祈りも表現されています。死を悼むという重い現実を受け入れながらも「夏は好き」と歌いのける潔さ。そして「私は蝋燭になる」ではなく「みんな等しく蝋燭になる」というところに、みんなを引き連れて運命共同体としてこの社会を担っていこうという作者の構えを感じます。8月6日にこの歌を紹介できることを嬉しく思います。

イヤホンをはずして気づくいま雨が降っていること泣いていること

宮緖かよ（https://twitter.com/18necco18）

下の句の「降っていること泣いていること」のリフレインが美しいです。イヤホンをしているとまわりの環境音が聞こえなくて、はずして初めて「あ、いま雨降ってるんだ」って気がつくことありますよね。この歌はそういう日常的な風景描写にとどまらず、「泣いていること」にも気づいた、という点にドキッとさせられます。イヤホンしてたって泣いてることには気づくはずです。なのでこの結句については「イヤホンをはずして」は比喩なんですね。自分の心の声に耳を塞いでいたのを取り払ってしっかり向き合って聞いてみたら、自分が泣いていることに気がついたという話。でも雨が降っていることと合わせて歌っているので一人ではないあたたかさも感じました。一緒に泣いてる人がいるみたいな感じ。
イヤホンという現代的なアイテムを出しているところ、雨という自然を味方にしている感じが素敵だなぁと思いました。
すっきりとした言葉遣いに軽やかな韻律でとても美しい歌です。

私からあふれてしまう水ぜんぶあなたのせいよ 梅雨はもうすぐ

よしなに（https://twitter.com/yoshinani_tanka）

一読、とても印象的で忘れがたいお歌です。「あふれてしまう」「あなたのせいよ」などの過剰さを感じる言葉が魅力的。そしてあ行音を効かせた韻律のよさ。さらに「梅雨はもうすぐ」というこれからの展開を煽るような締め方にもぞくぞくしました。この水ってなんだろうという下衆な問いはほどほどに控えるとしても、あなたのせいで私からありとあらゆる水があふれてしまうってなんだか妙に説得力ありますよね。なんかダムみたいな感じもあっておもしろいです。「女は海」とかいう従来型の固定観念を逆手にとってダムとか堤防のような力強さを感じます。そういう意味では「せいよ」とすることで主体は女なんだとわかるようにしているとこにも工夫が効いてますね。ダムを決壊させるほどなんて……どんだけ魅力的なんだ！ここで歌われている「あなた」は！

ほどかれることが正しい靴ひもをきつく結んで会いにいきます

てと（https://twitter.com/teto_starlight）

定型ぴったりで気持ちの良いリズム。丁寧に描かれた情景から、何らかの決意を持って出発する瞬間が伝わってきます。
「ほどかれることが正しい靴ひも」というのは、そりゃそうだというあたりまえのことを丁寧に言っているような感じですが、このように表現されるとなかなか意味深ですよね。これはそのままの意味（靴紐）と作者の心のことと両方を歌っているのだと思います。会いにいく相手に、最終的にはほどかれることになる私の心。だけどやすやすとはほどかれないようにきつく結んで強固な気持ちで会いにいく。
これは繊細なフェーズにある相聞歌と私は読みました。複雑な関係性を巧みな比喩と韻律で見事に歌い上げていると思います。

僕が神、爆弾、命と言ったのを君は静かにパスタ、と言った

つじり（https://twitter.com/kusepaku）

この歌は意味的にはナンセンスです。状況はまったくわかりません。何か連想ゲームみたいなものをしているところなのか、なんなのか。でもあまりそこは関係なくこの歌に惹かれました。それは言葉のおもしろさ、会話の奥深さを感じたからです。短歌は言葉以前に歌だということを思い出しました。私たちはその昔、日本語を獲得する前は歌っていたという話を聞いたことがあります。日本語でコミュニケーションしている今だって、会話は文字通りに受け取るのではなくて（そういう風にしか受け取れない人もいますが…）、音程や表情、空気感でやりとりしています。
「神、爆弾、命」の強く、固く、とげとげしい言葉の感覚、それに対してパスタのちいさな破裂音からはじまるやさしいまるみのあるさわやかな感じ。このコントラストに、同じ現代を生きる二人の異なるオーラ、世界観の違いが表現されています。しかし二人はばらばらではなく、寄り添っている印象も受けます。「君は静かに」あたりからそういう雰囲気が伝わってきました。
読み込もうとすれば、「神、爆弾、命」からはイスラエルのガザ侵攻など、現在の戦争を彷彿とさせます。それに対する君の「パスタ」はすこし脳天気な感じです。しかし一方、こうも読めます。前者はSNSで見受けられるような過剰に義憤にかられて神とか爆弾とかビッグワードを連発する現代人を象徴している。そうすると後者の静かな「パスタ」のつぶやきはそんな相手を包摂しつつ文化的な生活を大切にする慎ましやかな人にも見えます。
何重にも味わえる深みのあるお歌でした。

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以上、7首ご紹介させていただきました。
私の勝手な解釈も多分に含まれていたかも知れません。
もしご意見、ご感想などいただければ幸いです。
貴重な鑑賞体験をさせていただき、誠にありがとうございました。

おなじく「6月自選短歌部門」を担当されたえぐちみゆきさんの評もとっても心のこもった記事ですので併せてご覧ください！

【選者プロフィール】
岩舘澄江（いわだてすみえ）
千葉県松戸市出身、愛知県在住。2023年に東京から引っ越し。
2020年より短歌を詠み始め、2021年〜2023年まで池袋の奥村晃作先生の短歌教室に通う。コスモス短歌会。コスモス結社内の同人グループCOCOONに所属。私家版歌集『チェルノブイリツアー』（2024年発行）は2018年に参加したゲンロン監修のチェルノブイリツアーの体験をもとに詠んだ短歌と写真を組み合わせた冊子です。