いっちゃん
争いが嫌いな私は娘をどう守るのか
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争いが嫌いな私は娘をどう守るのか

いっちゃん

私と言う人間は、人と争うのが好きでは無いようだ。
それに気付いたのは小学生の低学年の頃。
クラスの子が喧嘩しているのを見ると、キュッと胃が痛くなった。
自分と関係ないのに。
このメンタルの弱さは一体どんな構造なのか。

とにかく争いを避けて通らなくては。
どんどん人を不快にしない技が長けていく。

「その髪型似合ってるよ」
「私もそっちが良かったと思っていたの」
「私もハンバーグ食べたかった」

前の髪型が似合っていると思った。
私は最初の意見が良いと思っていた。
私はお寿司が食べたかった。

不満とまでは言わないが「譲ったんだ」と言う気持ちはどこかにあった。
でも、この技で私は“優しい人”と言う称号を手に入れた。
いじめられなかったし、友達にも困らなかった。
笑顔と人付き合いはとても良い私。

大人になって付き合った男性は物事をはっきりと言う人だった。
嫌なものは嫌だし、やりたく無いことはやりたく無いと言った。
「そうだね」
と合わせる私は彼と相性が良かったのだろう。
でも慣れてくるとどんどん主張する私がいた。
彼は主張する私を面白がった。
色んな私を受け入れてくれ、結婚して娘が産まれた。

娘が大きくなってくると、同じような年齢の子と遊ぶようになった。
娘は気が弱く、すぐにおもちゃを奪われた。
娘が「ママ…」と泣く。

おもちゃを奪うのも奪われるのも子供に悪気は無い。
特に小さい頃は「貸して」「どうぞ」「代わって」「どうぞ」を覚える時期。
「ごめんね。まだ遊んでるからちょっと待っててね」
「ブランコ代わってもらっていいかな」

争い事が嫌いな私は、親御さんの前でこれを言うのも勇気がいる。
でもね。娘を泣かせるのはもっと嫌いだ。

言ってみると不思議。
何も怖がる事は無かった。
ママ達は思っていたよりもずいぶん優しい。

私は娘の事に関してはどんどん主張するようになった。
主張する代わりに譲れるところはどんどん譲った。
嫌々譲ったのでは無いからか、色んな意見や希望が新鮮に見えた。
そんなに期待して無かったカレー屋さんのカレーが美味しかった。
苦手だと思って避けていた人が、とても面白い人だと言うことに気付いた。
実現が難しそうな意見も、詰めていくと面白そうに思えた。

子供がいると時々強くならなければいけない場面がある。
苦手な争いや主張。
何度も戦う。
何故か戦った後は清々しい。

主張するからには頑張らなくてはいけない。
言いっぱなしと言う無責任な行動は避けること。
面倒なことも積極的に受けよう。
それが信頼に繋がる。
頑張れば戦友も出来るのだ。
弱い私はひたすら自分にそう言い聞かせる。

娘を守るために。私はどんどん強くなる。
一人娘を守るためだけでこんなに強くなれる。
他のママ達は歯を食いしばってもっともっと頑張っているに違いない。
ママだけじゃない。
世の中には優しくて強くあろうと頑張っている人がいっぱいいる。


今日、娘は困った顔で言う。
「ママ…あのね…」

娘にはまだまだ強い母親が必要みたいだ。
でも、娘も自分で立ち向かう勇気を少しずつ養っている。
きっと私の知らない辛さをたくさん抱えているはずだ。
いっぱい戦っておいで。
どうしても無理な時は、強いママが絶対守るよ。

私はそう言いながら必死にボロボロの爪を磨く。
まだまだ戦わなければいけないようだ。

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いっちゃん
旦那と娘(9歳)と猫(3歳)と暮らす主婦。普通の毎日をいかに楽しく生きるか。それを追い求める孤高じゃ無い女の日常。