葉一さん「今の話授業で使っていいですか?」【Tag! Talk #1 義足のジャンパー 鈴木徹×教育系Youtuber 葉一 】
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葉一さん「今の話授業で使っていいですか?」【Tag! Talk #1 義足のジャンパー 鈴木徹×教育系Youtuber 葉一 】

今、学校の先生からも厚い信頼を集める“教育YouTuber”の葉一(はいち)さんが、2021年4月末、地元の群馬県から車を走らせ向かったのは、山梨県甲府市にあるスタジアムです。普段ここでトレーニングに励んでいる、義足の走高跳選手・鈴木徹選手に会いに来ました。
この日が初対面となる二人には、それぞれ事前にお願いしていたことがあります。
「相手を思って、質問を考えてきてください」
会った時からだけでなく、会うことが決まった時から始まる二人の出会いの物語。
そう、「Tag! Talk あなたを思うクエスチョン」は、障がいのある人とない人が初対面で言葉を交わし、心を通じ合わせるまでのドキュメンタリー。その記録から、人と出会うことの大切さ、そして、相手を思うことの大切さを考えるきっかけになることをめざした読み物です。

YouTuberって、チャラチャラしてると思ってた。

葉一 「鈴木選手は、YouTubeってご覧になりますか?」

鈴木 「もちろん。毎日のように息子が見てますから」

葉一 「僕は、YouTubeで『とある男が授業をしてみた』という教育チャンネルを始めてもうすぐ10年になります。小3から高3の子どもたちを対象に、授業動画を配信しているんです」

鈴木 「ええ、拝見しましたが、いい意味ですごく普通で好感が持てました。YouTuberの方って、チャラチャラしてるんじゃないかと想像していたんですが、葉一さんにお会いして、あれっYouTubeのままだ、って(笑)」

葉一 「うれしい。YouTuberのイメージを崩せた(笑)。昨年、TV番組に出演させていただいて、カップ麺を食べてるシーンが映ったんですが、“カップ麺食べるんですね!?”というコメントをもらったりして。そりゃ食べますよ!って(笑)。服もファストファッションブランドしか着ないし、本当に普通です」

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鈴木 「スポーツ選手だって、お菓子も食べますからね」

葉一 「えっ、そうなんですか」

鈴木 「僕、ササミなんて食べてませんねぇ(笑)。油をとらないと力も出ませんから。お酒も飲むしね」

葉一 「アスリートの方って、食事にすごくストイックだというイメージがあったので意外です」

鈴木 「さてさて、僕の自己紹介をすると。高校3年生までは健常だったんです。卒業式の1週間前に居眠り運転で事故を起こしてしまい、気づいたら右足が後ろにありました」

葉一 「うゎ……」

鈴木 「右足を失って人生がガラッと変わりましたね。高校3年間はハンドボールをやっていたので、本格的に走高跳を始めたのは、大学1年の頃です。その後パラリンピックに出場するようになって、今年も東京2020大会に出る予定です」

葉一 「パラリンピック、今年で6度目ですよね」

鈴木 「はい、あっという間に6回目(笑)」

葉一 「初めてのパラリンピック出場は、シドニー2000大会ですよね。競技を始めてすぐに出場したなんて、すごすぎます」

鈴木 「そうですね、高跳びを始めて半年くらいで代表に決まってしまったので」

葉一 「半年ですか!」

鈴木 「もともと運動は得意でしたが、ホンネを言えば、義足になったことでずっと目指してきた大舞台にこんな簡単に行けてしまうものかと、戸惑いました。でもある日、日本代表のウェアが何箱もごっそり届くんですよ。それで初めて、あぁ代表になったんだって(笑)」

葉一 「すぐにパラリンピックの代表になったこともすごいですが、走高跳の選手になって20年間、現役だということもすごいです」

鈴木 「今年で41歳ですからね。30歳を超えたくらいの時、引退するのか!?と周りからよく言われたんですが、今ではメディアの人たちも“あ、こいつは続けるんだな”って、あきらめたみたい。聞かれなくなりました」

葉一 「あははは(笑)。でも、やり抜いたら勝ちですよね。続けるということがいかに大変で、いかに大切かと、最近よく思うので、本当に尊敬しかありません」

どうやってモチベーションを維持しているんですか? (葉一)

鈴木 「アスリートって、ずっとモチベーションが高いと思われがちなんですけど、そんなことないんですよ。やっぱり人間ですからね」

葉一 「お、それはぜひお聞きしたいです。実は僕が用意した一つ目の質問はまさにそれで、『どのようにモチベーションを維持されているか?』です」

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鈴木 「僕らアスリートは、4年に1度のオリンピック・パラリンピック大会にコンディションのピークを合わせていくんですが、大会が終わったら、心のエネルギーを溜めないと次のピークに持っていくことはできません」

葉一 「なるほど」

鈴木 「エネルギーを溜めるためにまったく違うスポーツをする選手もいるし、海外だと半年〜1年も競技を休む人がいたりします。僕の場合、学校を訪れて講演会をさせてもらうことも多いので、子どもたちからエネルギーをもらうこともありますね。でも、モチベーションを上げるために特にしていることはないかもしれないなぁ」

葉一 「今まで競技をやめたいと思ったことは?」

鈴木 「ありますよ」

葉一 「えっ、あるんですか!?」

鈴木 「あるある(笑)。でも、なんで引き戻されるのかというと、2メートルを跳ぶ目標があったこと(2006年に達成)。それと、パラリンピックのメダルです。これがまだ達成できていない。だから6回も挑戦しているんでしょうね」

葉一 「もしメダルを獲れていたとしたら?」

鈴木 「もうやめていたかもしれない(笑)。やっぱりパラリンピックのメダルって特別なんです。世界新を持っていれば“最高”ではあるかもしれないけど、パラリンピックで金を獲らないと“最強”にはならないんですよね」

葉一 「すごい世界だなぁ……。あの、高校生の時にやっていたハンドボールから、陸上競技へと転向しなければならなかった時は、僕が想像できないような心境だと思うんですけど、どうやって気持ちを切り替えたんでしょうか」

鈴木 「それがね、足を失ってハンドボールができなくなったとわかっても、落ち込むことはほとんどなかったんですよね」

葉一 「やっぱりすごい……」

鈴木 「僕は5歳の時に病気を患っているんです。心拍数が普通の半分くらいしかないという心臓の病気。それともう一つ、今こんなにベラベラしゃべってますけど、吃音症だったんです」

葉一 「うまく話せなくて、どもってしまうのが吃音症ですよね。こうやって一緒に話していると、全然わからないですが」

鈴木 「20歳を過ぎたころですかね。講演会に呼んでもらうようになって、自分の言葉で自由に話せる場だと、不思議とどもらないことに気づきました」

葉一 「ああ、教科書の音読とか、決められた言葉を読み上げるのとは異なるシチュエーションということですね」

鈴木 「そうですね。小学校では同級生に笑われたり、話し方を真似されたり。それで、小学校高学年になると、しゃべること自体をやめてしまいました」

葉一 「その気持ち、分かる気がします」

鈴木 「でも、当時はバスケをやっていたので、シュートを決めれば“お、すごいな”とか“速いな!”とか、いつもからかってくる同級生も褒めてくるんですよ。それって不思議だなと思った」

葉一 「たしかに学校って、運動ができる子は尊敬されますよね(笑)」

鈴木 「そうそう(笑)。だったら、僕はこの世界で一生いこうって決めたんです。小学生の時の夢は、“スポーツ選手にならなければいけない”と書いていました。なりたいという願望を通り越していますよね」

葉一 「もう決定事項という感じですね」

鈴木 「大人になっても言葉を話すのは難しいだろうと思っていたから、スポーツの世界に進むのが必然。そんな経験をすべてひっくるめると、障がいを負ってもスポーツをやめるという選択肢がないんですよね」

葉一 「なるほど。子どもの頃から腹をくくっているという」

鈴木 「たとえ両脚を失っても、できるスポーツを探してやるという考えになっている。だから、ハンドボールから陸上競技に切り替えたという感じもあまりないんです」

どうして塾講師からYouTuberになろうと思ったんですか? (鈴木)

鈴木 「葉一さんは、大学卒業後は塾講師として働かれていたそうですよね。どのような理由から?」

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葉一 「教育に関わりたいと思ったのは、僕自身が中学の時にいじめを受けたことも大きいんですよね。もともとは学校の先生を目指していました。子どもたちと放課後に話ができて、子どもたちがちょっと気が楽になって、“また学校に行こうかな”と思ってくれるような、そんな先生になりたかったんです」

鈴木 「なるほど」

葉一 「でも、教育実習に行ってみると、先生って本当に多忙で、衝撃を受けました」

鈴木 「僕も、保健体育の教員免許を持っているので、わかります。実習で同じことを感じました(笑)」

葉一 「それで、大学を卒業して、教材販売の会社で営業職をやった後に、塾講師を丸3年やっていたんですけど、めちゃくちゃ数字で評価する会社だったんですよね」

鈴木 「でもきっと、葉一さんは生徒から人気がありましたよね」

葉一 「出世街道に乗っていたとは思うんですが」

鈴木 「うんうん」

葉一 「塾で目の当たりにしたのは、家庭の経済的な事情で塾に通うことができない子どもが、思っているよりもたくさんいるということ。子どもが選べる教育に差があるわけです」

鈴木 「世帯年収と子どもの成績は関係があるって言いますね」

葉一 「それをみんな仕方ないって言うんですよね。でも、仕方ないで済ませていいのかと思いながらずっと働いていました」

鈴木 「もやもやしますね、それは」

葉一 「一度きりの人生なら、自分がやりたい教育を探すのがいいんじゃないかと、塾をやめたんです。で、子どもたちからお金をもらわずに教育を届けるためにはどうしたらいいのかと、暗中模索の日々に突入して(笑)」

鈴木 「自分の生活費も稼がないといけないし……」

葉一 「あてもなくやめてしまったので(笑)。でも、2012年にですね、たまたまYouTubeを見て」

鈴木 「目をつけるのが早い。その頃はまだYouTubeは広まってなかったはず」

葉一 「そうですね。ここに動画を投稿したら、子どもたちの意思で好きに見られるなと。そう思い立った翌日に、1本目の動画をアップしました」

鈴木 「行動も早いですね。それで、動画の反響は?」

葉一 「活動を始めた1年目は、めちゃくちゃ叩かれました」

鈴木 「え、どういう叩かれ方を」

葉一 「教育を汚していると。“偽善者”という言葉が一番多かったですね。最初の年のチャンネル登録者数も、800人までしか伸びませんでした。しかも、子どもたちじゃなくて、届かなくていい大人にだけ届いているという(笑)」

鈴木 「(笑)」

葉一 「でも、だんだん子どもたちが見てくれるようになって、好意的なコメントをくれる子がいる。もう原動力はそれだけですね、今も変わりません」

伝え方で心がけていることは、なんですか? (鈴木)

鈴木 「今はYouTubeという一つのジャンルが確立されていると思うし、世間のYouTuberの見方も変わりましたよね。僕もその一人なんですが(笑)。でもやっぱり、生の授業とか講演会とは違うじゃないですか」

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葉一 「そうですね。うん、“嘘をつかない”というのが、ひとつ大前提としてあります。教育者ってカッコつけたがる人が多いんですよね」

鈴木 「あ、そういえば僕も20年くらい前の講演会では、やっぱりカッコつけたかったので、“夢を持ってくれ”とか子どもたちに言ってました」

葉一 「あははは(笑)」

鈴木 「でもね、全然通用しないというか、聞いてくれない(笑)。成功した人の話では響かないんだと気づきました。でも、例えば吃音症の話なんかをすると、距離がぐっと縮まるんです。先生がいつもしているような話を僕がしたって、ダメだってこと」

葉一 「子どもたちはウソを見抜く天才ですよね。YouTubeって、何回も見返すことができてしまうから、ウソはすぐにバレる。だから、自分の本当の感情を言葉にするようにしています」

鈴木 「あ、だから葉一さんの動画を見て、“普通”だと思ったかもしれない」

葉一 「時代に合ってないと思うんですが、動画の編集をほぼしないんです。授業の最後のほうまで進んでいたとしても、説明をミスしたら最初から撮り直します」

鈴木 「なるほど」

葉一 「子どもたちが実体験している、学校の授業や先生の話って編集されてないですよね。できる限りそこに近づけるほうが、温度感が共有されるんじゃないかと思っていて」

鈴木 「それ、いいですね。派手なパフォーマンスで目を引いたり、華やかなことって、やろうと思えばいくらでもできますからね。そういうYouTuberも多いですよね」

葉一 「はい(笑)。あとは、なるべく子どもたちに疑問が残らないように、難しい言葉は使わないようにしています」

鈴木 「僕も小学生に教えることがあるので、すごく共感します。難しいことを言うとカッコいいかもしれないけど、伝わるかどうかが大事ですからね」

葉一 「伝える時の主役は、聞き手だと思うんです。子どもたちに何が残るのかということを大切にしたいですね」

「集中することで自分を苦しめていた」という言葉の意味は? (葉一)

葉一 「鈴木選手が、リオ2016大会の話をされている記事を読んだんです。そこに“集中することで自分を苦しめていた”という言葉があって。これ、すごい次元の話だなと思ったんですよね」

鈴木 「5回目のパラリンピック挑戦の時ですね。過去4回に比べて調子は絶好調。同じリオの会場で直前に自己ベストも出していたし、場所との相性もいいときてる。だから、パラリンピックでは普通に集中して跳べば、これはいけるだろうという感じでした」

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葉一 「そうなんですね」

鈴木 「スポーツの世界では、極度の集中状態に入ることを“ゾーン”と呼ぶんですが、どうしたらその状態を生み出せるかを考えてしまったんです。普段と違うことをしてしまったというか」

葉一 「ゾーン、ですか。それに集中しすぎたがためにネガティブに振れてしまったということですよね」

鈴木 「選手が集まる招集所でも、自分の世界に入ろうとしてサングラスをしたまま周囲を遮断したんです。それから競技場に入って、アップも順調で。でも、だんだん呼吸が苦しくなってきたんですよね。入りすぎたというか、窮屈すぎて。周りの声も聞こえないし」

葉一 「わゎ……」

鈴木 「これから勝負なのに、“早く終わらないかな”と思っちゃったんですよね。これは集中がマイナスに働いた瞬間でした。集中とはどういうことか、言葉で説明するのは難しいんですけど」

葉一 「たしかに、集中が数値化されているわけじゃないから」

鈴木 「これは日本の指導環境の悪いところでもあるんですけど、選手のメンタル面については助言してくれないんですよ。“おまえ、頑張れよ”というくらいで、負ければ“メンタル弱いな”ということになってしまう。でも海外だと、ちゃんとメンタルコーチがいます」

葉一 「最大限のパフォーマンスをするためには、メンタルのサポートも重要ということですね」

鈴木 「集中の仕方も発揮の仕方も、人それぞれ違いますからね。それってスポーツだけじゃなくて、プレゼンなんかでも同じじゃないかな」

葉一 「めちゃくちゃわかります。大人もそうですが、子どもたちを見ていてもそれぞれ全然違いますから」

鈴木 「リオ2016大会後に、テレビ番組のパーソナリティをしている山本シュウさんが、スポーツメンタルコーチという資格を取ったというので会いに行ったんです。その時にアドバイスされたのが、『試合で自分の調子が良かった時のイメージを思い浮かべろ』というもので」

葉一 「ええ」

鈴木 「やってみると、おっ僕、笑顔だな、むしろニヤニヤしてるぞ、でも意外と周りを見てるな……と、わかってきました。自分のいいコンディションがどういう時なのかを分析する感じですね」

葉一 「へぇえ」

鈴木 「それで翌年のロンドンの世界大会に出て、2m01cmを跳んで銅メダル。僕の場合は、周りを遮断する集中の仕方ではなく、観客の顔が見えるくらい視界が開けているほうが、自分の力を出せるんですね」

葉一 「おお、それは面白いですね。僕も試験前とかプレゼン前は、意図的に笑顔をつくるようにしています。はたから見たらヘンな人かもしれない(笑)」

鈴木 「あ、でも笑顔はいいって言いますよね。僕も後輩には、『勝負前に鏡で自分の顔を見てごらん』とアドバイスしてます。すごい形相をしてたら一回ちょっと笑ってみようって。一理あるとは思いますよ。筋肉が固まっていると、持ってる能力はうまく発揮できないから。きっと受験生にも使えるんじゃないかなぁ」

葉一 「すごくいいエピソード……いただいてもいいですか(笑)」

年齢を重ねることについてどう思いますか? (葉一)

鈴木 「お。これは逆に、先に葉一さんに聞いてみたいです。どうしてこの質問を?」

葉一 「YouTuberのなかでは古参なんですよね、僕」

鈴木 「そうなんですね」

葉一 「YouTuberの平均年齢は若いんですよ。僕みたいに36歳で10年間やっているという人は珍しいかも」

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鈴木 「僕も、50歳になっても跳んでいたいですよ(笑)」

葉一 「そのことをお聞きしたかったんです! 年齢を重ねたからこそ新しく見える景色って、あるんでしょうか?」

鈴木 「年齢との闘いはやっぱりありますけど、サッカーの三浦カズさんだって50歳過ぎても現役だし、スキージャンプの葛西紀明さんなんて8回もオリンピックに出場してるわけで。年齢のせいで……なんてとても言えませんね」

葉一 「本当にそうですよね」

鈴木 「20、30、40歳と、体力は歴然の差。でも体力は下がっても工夫できることはあるし、筋力も技術も上げられます。そういうことを考えるほうがだんだん楽しくなってきて」

葉一 「はい。前向きで力が湧いてきます」

鈴木 「以前はパワーが10あったとしても、メンタルが弱くて3しか出せていなかったとしますよね。だけど、メンタルが強化されて5の力を発揮できるとすれば、年齢に勝つことができる。そうやって年齢を重ねていく楽しさというのがあると思うんですよね」

葉一 「確実にありますね」

鈴木 「今でこそパラリンピックも認知されてきましたが、僕が高跳びを始めた頃は、まだ注目されていなかったんですよね」

葉一 「ええ、2000年頃ですね」

鈴木 「練習には行くけど日中も家にいたりするから、周囲からはニートだと思われてましたし(笑)。それが、テレビとか新聞に出たりするようになると、ようやく選手として見てもらえるようになる。YouTuberも似てるところ、あるでしょう?」

葉一 「ああ、たしかに。最近はYouTubeを始める芸能人がすごく増えたことで、知名度が上がってうれしいですが」

鈴木 「それはすごく大きなこと。僕は、新聞での扱い方が変わった瞬間が一番うれしかったです。最初は、社会面で“鈴木徹さん”として紹介されたんですね。それが北京2008パラリンピックの頃には、スポーツ面の“鈴木徹選手”になりました」

葉一 「福祉としてではなく、スポーツ選手として見方が変わったということですか」

鈴木 「はい、そうです。雑誌やテレビにも出させてもらうようになりましたが、最初は有名になりたいと思ってたんですよ。不純な動機ですね(笑)」

葉一 「(笑)」

鈴木 「でも、今は“いろんな人と話がしたい”という気持ちなんですよね」

葉一 「続けていれば周りが変化することもあるし、自分が変わることもあるということですね」

鈴木 「ええ。ただ、身体ってルーティーンに慣れてくるんです。だから新しいことにチャレンジしていかないと落ちるな、というのは感じています」

葉一 「最近は少しの失敗を責める世の中の風潮がありますが、“人生チャレンジしていけ”って僕も思っています。子どもたちにも、そう思ってもらえるような活動をしていきたいですね」

今後はどのような活動をしていきたいですか? (鈴木)

鈴木 「葉一さん、今は学生に授業を教えていると思いますが、これから保護者向けとか高齢者向けとか、そういうことも考えているんですか?」

葉一 「今後やりたいこと。それは、学校の先生の社会的地位向上ですね」

鈴木 「ほう」

葉一 「学校の先生って、ブラックな職業というイメージがついていますよね。最近は、子どもたちのなりたい職業ランキングからもついに消えてしまって」

鈴木 「うん、それはショックですね」

葉一 「去年あたりからいろんな先生と接点をもたせてもらうことが増えて、やっぱりすごく素敵な先生っているんですよね。でも先生方って情報発信の場がないんです」

鈴木 「そうですね。先生が個人で発信しても問題になってしまいそうだし」

葉一 「それなら、外野ではあるけれど、保護者や子どもたちにリーチできるポジションの僕みたいな存在が先生と連携して、先生ってこんなにすごいんだぞ、かっこいいんだぞ、というのを伝えることができたらいいなと」

鈴木 「いいですねぇ」

葉一 「だから、これからは先生と何かをつくっていくというのが一つのテーマですね」

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鈴木 「僕は、こうやってスポーツのフィールドじゃない方とお話するのが一番楽しいんです。それは、分野が違っても共通することがあったり、新たな発見ができたりするからなんですね」

葉一 「ええ」

鈴木 「これからはいろんな分野の人が関わって、新しいことに挑戦していく必要があるんじゃないかな。僕らアスリートも、記録をつくることだけが使命ではないと思うんです」

葉一 「はい。いろんな意味でのチャレンジ、ですね。あの、最後に、鈴木選手の今年のパラリンピックへの思いをお聞きしてもいいですか?」

鈴木 「そうですね、もちろんメダルを目指したいのと、パラリンピックを通じて障がいへの理解を深めてもらえたらと思っています」

葉一 「障がいへの理解。僕の妹が知的障がいを持っているので、僕にとって障がいは身近で慣れているんですけど、でも、具体的にどうしたら理解は深まると思いますか」

鈴木 「葉一さんの言った“慣れ”こそ大事だと思うんです。例えば、僕の家では義足の友人もよく遊びに来るし、そのへんに足が散らばってるんですよ(笑)。僕の家族にとってはそれがいつものこと。僕のことを障がい者だと特に意識することもないみたい。“2メートルも跳べるんだから大丈夫でしょ”みたいな感じで」

葉一 「あはは(笑)、なるほど!」

鈴木 「僕らの合宿なんかでも、練習場に行ったら『義足がない!』なんてことがあったりして。誰かがどこかに隠してニヤニヤしてるんですよ。そんなふうにして遊んでます」

葉一 「それが普通なんですね(笑)」

鈴木 「他にも、視覚障がいがある選手なんかはスマホに届いたメッセージをAIが読み上げる設定にしてるから、『愛してるよ』みたいな恥ずかしい内容も周りに聞こえちゃうんですね。僕らは皆でこっそり近づいて、聞いたりしてるという(笑)」

葉一 「もはや障がいがネガティブなことではなくて日常のことだから、自然と笑いも起きるという」

鈴木 「皆がもっとオープンに、障がいについて話したり聞いたりできるようになったらいいですねぇ。とはいっても、僕らパラスポーツ選手は障がい者の代表ではないんです。たくさんいる障がい者のなかのあくまで一番動ける人という感じですね」

葉一 「障がいにも種類がたくさんありますよね。寝たきりの人もいますし、両腕がない人も、発達障がいの人もいますし」

鈴木 「そうなんです。僕らアスリートは自ずと皆さんに注目してもらえる機会があるけど、そうじゃない人がいっぱいいますから」

葉一 「パラリンピックをきっかけに、障がいを持つ人と接する機会が増えるといいですよね」

鈴木 「ええ、大会後に一般の方々がどんなふうに変わるかということを楽しみにしているし、変えたいとも思っています」

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鈴木徹(すずき とおる)
1980年山梨県生まれ。筑波大学大学院修了。SMBCグループ所属。中学、高校時代はハンドボール部に所属。高3の時に自身が運転する車で交通事故を起こし、右足膝下11センチを残して切断。その後、走り幅跳びを始め、シドニー2000パラリンピックに日本人初の走り高跳び選手として出場。2006年には2m00cmで日本記録を更新する。以降、5大会連続でパラリンピックに出場し、6度目の出場となる東京2020パラリンピックでは悲願のメダル獲得をめざす。


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葉一(はいち)
1985年生まれ。東京学芸大学卒業後、教材の営業マンや塾講師を経て、2012年にYouTubeチャンネル「とある男が授業をしてみた」を開設。小3〜高3を対象に授業動画を配信し、これまでに投稿した動画は3700本を超える。毎週水・日曜にはオンラインで自習室も開く。2021年5月現在のチャンネル登録者数は144万人。授業のテキストや問題が無料でプリントアウトでき、誰もが学習できるホームページ「19ch.tv」も運営。
ホームページ:https://19ch.tv/
Twitter:https://twitter.com/haichi_toaru

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