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幸せな時に思うこと

オペラの立ち稽古の真っ最中

ただ今、オペラの立ち稽古の真っ最中。
今まで縁のあった人たち、新たに縁のあった人たちと共に人生の中で築き上げて来た経験を活かし舞台づくりに参加している。なんだか感動してしまう。

舞台づくりの一員として異空間に存在する時間がたまらなく愛しくて、こんな時によく思うのは今が死に時だなということ。今死んだら綺麗な人生だ。

私は小学生の頃から、恵まれた瞬間に出会うといつも今が死に時だな〜と思う変わった子だった。

さらに付け加えると、今が死に時だけど、生きるのが好きなんでみっともなくなってもいいから生きますと思うのが常だった。

今もやはりそう思う。人生は糾える縄の如しで、順境も逆境もあるのが当然。良い時ばかりに想いを残さず、全部味わっていこうと思う。

表現するものにとってはどちらも得難い経験で等しく価値あるものだ。どちらもある意味、経験でしかないとも言える。

その中で感情豊かに生きて表現活動で昇華していけたらこんなに嬉しいことはない。

より良くなったと言われたこと

個人活動を始めたころに知り合った作曲家に前より動きが磨かれたというニュアンスのことを言われた。

日頃の鍛錬の賜物ねと言われたけど、自分では何もわからない。そう見えたのならうれしい。単にその人の好きな世界観に合っていたのだとしても素直にうれしい。

芸術は正解とか正しい道筋がないから、自分の理想に向かって精進するしかない。理想も言語化するほどに陳腐になるから言葉にできない。

その中で邁進して来た道が間違ってなかった気がして悔いがないなと思う瞬間だった。

生きてる間はどこまでも精進していきたい。生身の体故の試練もあるだろうし、地域社会で生きているから俗っぽい義務や制限も生まれてくるだろう。

どこまで出来るかは自分の意思にかかっている。人生かけて面白がってチャレンジしていきたい。

旅行先で思ったこと

お盆休みは息子のセレクトで北陸への家族旅をした。

ひたすら偉人変人の足跡を追って大満足だったけど、気づいたことがある。

みんな多かれ少なかれ家に恵まれたり縛られたりし、裕福になったり困窮したりし、その中で自分のやりたいことを貫いている。

現代と何も変わらない。違うのは人生の短さだけど、現代では相対的に行動するのが遅くなっているから結局のところ体感レベルでは同じくらいの長さだ。

彼らよりもスパンの長い時代に生きてるから、遅い早いを気にせず、やりたいことに夢中になって生きて行こうと思う。

プロてかアマとかについて

現代は経済資本主義を基本に考えるから、それで自活出来てるか否かでプロアマを判断しがちだけど、それは物差しの一つに過ぎない。

私からしたらどうでもいいし、むしろ足枷になり得ることに気づいた。

私の経済基盤は金網加工販売業だけど、金網の種類、用途、金属特性についてはプロだ。

身体表現については相手が描く空間について心を汲み取り、幾多の案を提示できるという点でプロだ。

体について、不具合を感じとり不断の調整で改善していくことについてはプロだ。

人生においては好きだと思うものを心から楽しむことが出来るプロだ。

人はみな何かしらのプロで、世の中の常識にまどわされて気付けないだけなのかもしれない。

いつも応援ありがとうございます。サポートしていただいたお礼はアートプロジェクト事業費として創造空間の作成やアーティスト活動、仲間への感謝の気持ちの一部とさせていただきます✨