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調査報道大賞①スクープ記者は何を語ったのか 優秀賞 文字部門

「調査報道大賞2022」の授賞式が9月2日に開かれました。選ばれた報道は何が評価され、受賞者たちはどんな取材の苦労や思いを語ったのでしょうか。まずは優秀賞の文字部門を受賞した2つの報道から。選考委員による講評と、報道にあたった当人のことばのほぼ全文を、こちらで公開します。

『公文書クライシス』毎日新聞取材班

講評:塩田武士さん
「公文書の隠蔽体質が民主主義の根幹を揺るがす伏線に」

公文書クライシス』がいかに現代社会にとって重要なものだったかは、今回受賞した他の報道、『国交省統計不正問題』や一連の『森友学園問題』が証明しています。いずれも過ちの根源が公文書の改竄にあり、そこに旧態依然とした日本の政治体制が透けて見えます。

以前読んだ本の中にあった、各国の公文書館の所蔵量――文書を積み上げた時の長さ――は、アメリカの約1400kmに対して日本は約59kmで、その差に愕然とした記憶があります。調査は2014年のものですが、貴紙報道を読む限り、この8年間で事態はより複雑になった印象を受けました。
電子メールやLINEでのやりとりが常態化する中、質感のなさを逆手にとって、個人が文書保存の是非を決めたり、情報開示を避けるためにファイル名を抽象化した結果、自分たちの検索業務に混乱をきたしたり。テクノロジーの進化が逆走を誘発しているように思えます。

大きなテーマなので、当初は全体像が掴めなかったのではないかと察します。しかし地方自治体の首長アンケートや、アメリカの公文書保存システムの紹介、また改正「行政文書の管理に関するガイドライン」を軽視する文書が経産省などの職員が出席する委員会で配られていた事実を明らかにし、開示資料のコピーが認められず、文書約2900枚を野党議員が手書きで書き写していたことを報じるなど、多彩な検証を重ねて現状の公文書管理のずさんさを立体的に表現されました。

選考委員で作家の塩田さんの講評は、報道実務家フォーラムの澤康臣事務局長(右)が代読

全体を通して、公文書の「保存」と「開示」という重大な二局面で問題が山積し、その現状が隠蔽体質を生み、民主主義の根幹を揺るがす伏線になることが伝わってきました。

何より粘り強い取材で情報提供者の信頼を得て、2年以上の長きにわたり報じてこられたことに頭が下がります。
アメリカではトランプ前大統領が私邸に機密文書を持ち出したとの容疑でFBIによる家宅捜索があったばかりです。公文書は各国の思惑が錯綜する外交にとっても、錨の役割を果たします。
新たな国立公文書館の開館が4年後に迫る中での一連の報道は極めて意義深いものだったと確信しております。

受賞のことば:取材班代表 大場弘行記者
「安倍さんはもう語ることはできず、肝心の記録もない」

10年近く調査報道を細々とやらせていただいてますが、去年、こんないい賞ができたのかと、もらえたら嬉しいけどまあ無理だろうなと思っていたので、今回選んでいただいたので、本当に嬉しく思っています。ただ、ほかの受賞作を見るとどれもすごい報道で、ここに入れてもらっていいのかと、正直、恐縮もしております。

公文書クライシスは、2018年から2年以上続いたキャンペーンで、ざっくりいうと霞ケ関の省庁の中で官僚たちがどんな記録を作って、どうやって管理して、どう隠していくか。その実態と隠蔽のテクニックを一つずつ暴いていくというものでした。取材手法はシンプルで、一つは官僚へのインサイド取材。といっても、まずは居酒屋なんかに誘って、どんな文書をどうやって隠しているんですかと教えてもらうわけですね。それをヒントに省庁に情報公開請求をかけて、本当に隠されているのかどうか、確認していくわけです。

大場弘行記者はオンラインで授賞式に参加

この作業を愚直に繰り返していく中で、公用電子メールを公文書にしていないとか、公文書ファイルの名前をわざとぼかして、国民に中身を知られないようにするとか、色々わかったわけですけど、とりわけ問題だなと思ったのは、総理大臣の記録がきちんと残されていないことですね。

新聞の『総理動静』を見れば、総理大臣が官邸内で各省庁の幹部たちと毎日何回も面談していることがわかります。数えると年間1000回ぐらいありますね。これは総理レクといって、省庁の幹部が政策などを説明して判断を仰ぐ場です。このレクで総理がどんな発言をしたのかがわかる記録がありません。正確にいうと、この記録は作っちゃいけない。レク中に総理が発言した内容を、官僚がメモすることが禁じられています。この慣習は昔からあったのですが、安倍政権になってから徹底されるようになったと言われています。

その安倍さんが銃撃事件で亡くなりました。いま旧統一教会や国葬などの問題が出てきていますが、私はもう一つ残念なこと、考えなきゃいけないことがあると思っています。安倍政権が8年8か月の間に手掛けた政策は、安倍総理のどんな考えのもとで、どんなプロセスを経て決められたのか、その内実はできるだけ後世に伝え残す必要があると思いますが、それができなくなったということです。安倍さん本人はもう語ることはできない。そして肝心の記録もないからです。

日本の公文書の問題、これだけじゃなくてまだまだたくさんあります。そういう意味で今回の受賞は、叱咤激励だと受け止めています。本当にありがとうございました。

カメラ越しに大場記者にトロフィーを見せる毎日新聞の日下部聡・デジタル取材センター長(右)


『森友自殺 財務省職員 遺書全文公開「すべて佐川局長の指示です」の報道』相澤冬樹/週刊文春

講評: 長野智子さん
「取材相手との信頼関係を築かなければ健全なスクープを取ることはできない」

この『森友自殺 財務省職員 遺書全文公開』は、(前に紹介した毎日新聞の)公文書の調査報道のように、細かく何かの調査を重ねていったという報道ではないんですが、私が最初に調査報道の番組に入りました『ザ・スクープ』で鳥越俊太郎さんが「桶川ストーカー事件」をやってらっしゃいまして、その時に(事件の被害者の)猪野詩織さんのご両親との信頼関係を醸成するために、大変長い時間をかけているのをそばで見ていました。鳥越さんからは、「調査報道では、とにかく取材をする相手、対象との信頼関係を築かなければ絶対にきちんとした健全なスクープをとることはできない」と再三言われていたものです。

選考委員で、キャスター・ジャーナリストの長野智子さん

今回のこの事件は皆さんも本当によくご存知だと思いますが、赤木雅子さんが(授賞式の会場に)いらっしゃいますけれども、1人の人間が国の権力と対峙して立ち向かうというその不安とか恐怖、つらさって、本当に想像を超えたものだと思うんですね。それを相澤さんがジャーナリストとして――すごく時間がかかったと思うんですけれども――信頼関係を醸成されて、そして遺書の公開に至った。その遺書には、本当にこの事件の、私たちがうかがいしれない多くの真実があって、それを全国民が知ることになった。私はこれこそ、やっぱりジャーナリズムの真髄ではないかと大変深く感銘を受けました。

この事件は残念ながら、まだ最終的な真実が解明されてないんですが、どうかこの調査報道大賞が力になって、風化させず、国民の皆さんに事件への関心を持ち続けてもらいたい。そういう思いも込めて今回のこちらの賞を決めさせていただきました。

受賞のことば:相澤冬樹さん
「この賞は本来、赤木さんご夫妻のもの」

2020年3月18日、週刊文春にこの記事を出したことは私の人生の大きな転機になりました。私はその2年前にNHKを辞めておりますが、その時は「人生の賭けに出るんだ」という気構えでした。この記事を出したことで、私は「賭けに勝った」と思いました。そして、舞い上がりました。増長して、傲慢になったと思います。

その後、赤木雅子さんの裁判はご存知の通り、国が「認諾」という卑怯な方法で裁判から逃げ出し、佐川氏(佐川宣寿元財務省理財局長)相手の裁判もこの11月に一審判決を迎えます。そして私は来月60歳になります。また人生の節目を迎えようとしていると感じます。

フリーランスとして活躍中の相澤冬樹さん

人生は落ち込めば上がり、上がればまた落ちます。今度は落ちる番が待っているのかもしれません。しかし元々私は森友事件が始まる半年前まで、ずっと人生の底に沈んでいたのです。10年間うつ病でした。あるきっかけで産業医が「奇跡の回復です」と驚くほどのよみがえりをしました。そのことを当時、「NHKスペシャルにしたい」と医療担当デスクに話したら「それはいいですね」となりました。(NHKを辞めた現在では)それはかなわなくなりましたが、この経験を文章にしていずれ何らかの形で世にお示ししたいと思っております。

今日(9月2日)、TBSの金平茂紀さんが「報道特集」のキャスターを降板するという発表がありました。金平さんには、この記事を出してから2年半、大変いろいろな形で励ましをいただき、助言もいただきました。本当に感謝しておりますし、金平さんのことですから、必ずまたよみがえって見事なお仕事を続けられるに違いないと信じております。私もそのようにしたいと思っています。

そして受賞したこの賞ですけど、対象になった記事は赤木雅子さんと俊夫さんご夫妻の人生の物語であり、俊夫さんが残した手記全文の掲載からなっております。ですからこの表彰は本来、赤木さんご夫妻のものだと思います。

赤木雅子さんが、あの時、私に手記を託してくださらなかったら、この記事は出なかったし、この賞は頂けなかったということを深く感謝しております。(会場にいる赤木さんの方に頭を下げて)本当にありがとうございました。

(手元のスマホのストップウォッチを見て) あいさつを始めてから、今2分49秒。(あいさつを指定の)3分以内に収めました。最後はテレビで育った人間の気構えを見せて終わりたいと思います。どうもありがとうございました。

(次回は優秀賞・映像部門の受賞者のことばを掲載します)