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上野千鶴子のメッセージ。格差社会の中での想像力

先の19日(金)、私の部署に配属される新人から電話であいさつを受けました。彼らはいま研修中で、この日に辞令を受けて配属現場を言い渡されたのです。

私は現場の管理職で、訓示を垂れるような偉い立場ではありません。
「無事に引っ越しを終えてね」とか「歳の近い先輩がいるから心配しないでね」といった無難なことしか言えませんでした。

この春もさまざまな組織や学校で若者たちに門出を祝う言葉が贈られました。その中でも話題になったのが今月12日の東京大学の入学式で社会学者の上野千鶴子さんが述べた祝辞でしょう。この祝辞の内容、なかなか深いものがあり、私は全文を読んでしまいました。

私がまとめるのもおこがましいのですが、ざっと要約すると以下のようになります。
●東大に入学したみなさんは激烈な競争を勝ち抜いてきた。
●しかし、その選抜にあたって「公正さ」は本当に担保されているのか?
●去年、東京医科大では不正入試問題があり、女子と浪人生に差別があったことが発覚した。
●偏差値では女子の方が男子よりも高いのに、東大入学者で女子の比率は2割に満たない。
●その背景には「どうせ女の子だし」と足を引っ張る親や世間による「意欲の冷却効果」もある。

上野さんは大学に入る時点で性差別があり、社会に出ればもっとあからさまな差別があると指摘します。そして、次のように言います。

あなたたちはがんばれば報われる、と思ってここまで来たはずです。ですが、冒頭で不正入試に触れたとおり、がんばっても公正に報われない社会があなたたちを待っています。そして、がんばったら報われるとあなたがたが思えることそのものが、あなたがたの努力の成果ではなく、環境のおかげだったことを忘れないようにしてください。

あなたたちが今日「がんばったら報われる」と思えるのは、これまであなたたちの周囲の環境が、あなたたちを励まし、背を押し、手を持って引きあげ、やりたいことを評価してほめてくれたからこそです。

これを読んで「よくぞ言ってくれた!」と思いました。

東京大学の保護者のうち、6割以上が年収950万以上という報道もあります。格差が拡大する中で、相対的に余裕のある家庭の子どもが東大をはじめとする有名大学に進んでいることは間違いないでしょう。

市場中心的な発想が世界を覆っている現在、ともすれば「自分はこれだけがんばったんだから“リターン”があってしかるべき」という発想も出やすいはず。しかし、そもそも「スタートライン」が違うというのがいまの社会です。そんな「社会の複雑さ」を、嫌われかねない強烈な表現も織り交ぜつつ、まだ頭が柔らかい新入生に説いた上野さんに拍手を送りたいと思います。

励まし、背を押し、手を持って引き上げたからこそ、できることがある・・・。今回はそんなジャズを聴いてましょう。ローレンス・マラブル(ds)の「テナーマン」です。

「ドラムスがリーダーなのに“テナーマン”?」という疑問を持ったあなたは全く正しいです。実は私、この作品のリーダーであるマラブルはテナー・サックス奏者だと長年思い込んでいました。なにせ、ジャケット写真にもデカデカとテナー奏者が写り込んでいるのですから。

マラブルは1929年、ロサンゼルスの生まれ。CDのライナー・ノートによると47年からプロのドラマーとして活動し、チャーリー・パーカーらとも共演。才能のある若手ホーン奏者とプレイするのも好きだったそうです。

そんな中で出会ったのが、ジェームス・クレイ(ts)。彼のプレイをクラブで聴いて感銘を受け、プロデューサーに紹介して出会いから2週間でこのアルバムの吹き込みを行ったそうです。

本作はおそらくピアニストのソニー・クラークの参加で注目されていますが(私もその一人です)、クレイはマラブルのおかげで歴史に名を残すことができました。

1956年、8月録音。 James Clay(ts) Sonny Clark(p) JimmyBond(b) Lawrence Marable(ds)

②Easy Living クレイの素晴らしいバラッドを堪能できるトラック。冒頭、おなじみのメロディをどっしりと落ち着いて歌い上げるテナーが見事です。当時、まだ20歳だったとは思えません。ソニー・クラークのピアノ・ソロは彼としては平均的なプレイかもしれませんが、しっとりとした哀愁がある音色は彼ならではです。続くクレイのソロは黒っぽさが漂いながらもあまりしつこくなく、ストレートに迫ってくる潔さもあります。このままメロディに移っていく流れも実にスムーズ。ソロも曲の一部のようです。

③Minor Meeting ブルー・ノートの作品でも知られる、ソニー・クラークのオリジナル。マラブルのドライブ感があり、ちょっとマックス・ローチにも似た切れ味のあるドラムに乗せられながら、クレイがハードに吹きます。力強さがありながら、哀感のある曲の引用を交えてアーシーなトーンを入れてくるのがさすがです。ここでのクラークは自作ということもあって得意のちょっと余韻を残すソロを取ります。最後はテナー・ドラムの小節交換。彼を引き立てたマラブルは嬉しかったのではないでしょうか。

ちなみにマラブルはその後、チャーリー・ヘイデン(b)の「カルテット・ウェスト」などでも活躍。2012年まで存命だったそうですが、リーダー作はこの1作だけだそうです。サポートに徹した彼らしい生き方で、こういう人の存在がジャズを豊かにしているんですね。

上野千鶴子さんの東大の祝辞では、最後の部分にこんな言葉がありました。

世の中にはがんばっても報われない人、がんばろうにも頑張れない人、頑張りすぎて心と体をこわした人たちがいます。頑張る前から「しょせんお前なんか」「どうせ私なんて」と頑張る意欲をくじかれる人たちもいます。

あなたのがんばりを、どうぞ自分が勝ち抜くためだけに使わないでください。恵まれた環境と恵まれた能力を、恵まれない人々を貶めるためにではなく、そういう人々を助けるために使ってください。そして強がらず、自分の弱さを認め、支え合って生きてください。

この時代にふさわしいメッセージではありませんか。

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