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ブーゲンビリアの咲く頃に #パルプアドベントカレンダー2020

ある数奇な運命を分かち合う男女があった。

ある年のクリスマスの夜、ある病院の新生児室の隣り合った保育器に並んだ男女の赤子。己の意識すら定まらぬ二人の、宿命づけられた邂逅であった。

その次の邂逅は、十二年後の小学校。少年は少女のクラスに転入し、二人は互いに惹かれ合うも、二人は別々の中学校へと進級し、淡い恋は終わった。

その次の邂逅は、十二年後のとある上場企業。高卒入社の薄給で黙々と働く青年の職場に院卒修士号で入社した女性は、かつて愛を誓いながらも別れたあの時の少女であった。だが青年があの時の少年と違うように、女性もまたあの時の少女とは異なる人間であった。二人は無言で横目にすれ違うだけの関係であり、二人の人生はあくまで交わることもなく、青年は黙々と働いて海外出向の任に旅立ち、女性は一年後に課長の心を射止めて寿退社した。

その次の邂逅は、十二年後の闇の裏路地。二人は手負いで、互いに弾切れの銃を向け合い、互いの腹の内を探り合っていた。二人は敵対企業の戦闘員で互いに敵を殺すよう命じられていた。なぜお前が殺し屋の道に。女が問うて男が答える。前の会社が潰れて路頭に迷っていた自分を、今の会社が拾って鉄砲玉に仕立て上げた。今の仕事に満足してるわけじゃないが、受けた恩は忠義で報いるのが自分のやり方だ。君こそなぜ殺し屋の道に。男もまた問い女が答える。夫だった男は、結婚後に何股もの不倫していたことがバレても女遊びを止めない真正のクズで、数年後には女に刺されて死んだ。おまけにその時、私の腹の中には赤ん坊が入っていた。紆余曲折あって裏稼業の道に入ったが仕事で下手を打ち、三歳の息子は私の前で殺された。二人は互いに罵り合った。自分の・私の気持ちなど、お前にわかるものかと。銃を捨ててナイフを抜き、互いに殺す気で刃を振るった。積年の恨み晴らさんがごとく攻め合い、せめぎ合い、言葉を交わすうちに互いを知った。漁夫の利を狙う第三勢力が戦闘に割り込むと、二人は確執を棚上げし、背中合わせで戦ってこれを退ける。そして十二年後の再開を誓い、夜の闇に姿を消した。

それから数年の間、二人は裏社会の至る所で邂逅と離別を繰り返した。時に敵として、時に味方として。時に相手を殺さんと命を狙い、時に相棒として命を預け合い。絡まり合った因果の糸はある時、他愛もなくぷつりと解けてそれきり。二人は互いに示し合わせることもなく、戦場から姿を消した。

――――――――――

月日は流れ、あの夜から十二年後のクリスマス。二人が同じ病院の隣り合う保育器で出会った時から、実に四十八年もの歳月が流れていた。

空は暗く、今にも泣きだしそうだ。湿り気を帯びた冷たい風が吹き、廃墟の庭園に野放図に咲いたブーゲンビリアの、極彩色の苞を揺らしていた。

キィ、と車輪の軋む音がした。壮年男の座する車椅子であった。背の把手を掴む人影があった。年齢は壮年男の子供ぐらいの、年若い美青年であった。

「本当に来るんでしょうか」
「来るさ。そういうものなんだ、自分たちは」

顔を覗き込む青年に、壮年男は含み笑いで答えた。ザリ、ザリと砂利を踏む音を響かせ、長い白髪を一つにまとめた壮年女が姿を現した。皺の刻まれた美しくも厳格な顔には、片目を黒塗りにした眼鏡。背筋の真っ直ぐな身体も左腕は義手だった。壮年女は、壮年男と青年とは離れた場所で立ち止まる。

「何て様だい。猟犬も今じゃ要介護者、往時の見る影無しってとこだね」
「狂犬は今でも元気そうだな。身体まで元気かどうかはともかくとして」
「引退したあんたに言われたかないね。今更呼び出して何のつもりだい」
「それはこっちのセリフだよ。戦力外番頭を呼び出して何を考えている」
「どうにも話が噛み合わないね。やっぱりあたしらは言葉よりもコレか」
「また殺し合いで話し合うかね、昔のように。昔のようにはいかないが」
「こっちは二人、対してあなたは一人。頭数ではあなたが不利ですよ」
「馬鹿だね、お前のような青二才のカスは頭数に含まれないんだよ。猟犬の搾りカスと二人合わせて、カスとカスでようやく〇・五人前ってところさ」
「カッ……カスって……このババア!?」
「ババアじゃねえお姉さんだ。今度ババアと言ったら、ドタマぶち抜くぞ」
「若者をそう邪険に扱うもんじゃないよ。彼は中々見所のある男でね、何せ私が手塩にかけて育てた部下だ。精神は年相応だが、腕に覚えはあるのさ」
「狡兎死して痩狗煮らる。人を信じて命を預けたら殺し屋の命は終わりだ」
「やれやれ、口喧嘩では君に軍配といったところか。昔からそうだったな」
「昔話なんざよしなよジジイ、年寄りの始まりだ」
「ジジイ結構。そう言う君もいつかはババアになるのさ。生きてる限りは」
「随分とヤワくなったねジジイ。年を食って命が惜しくなったのかい」
「君はいつまで自分一人の足で立っていられる。そのボロボロの身体で」
「立てなくなった時は死ぬ時だ。それが殺し屋の最後さ、ジジイ」
「我々が共に手を取り合い、穏やかに余生を暮らす未来は望めんものかね」
「言いたいことはそれだけかい。もういいだろう、引導を渡してやるよ」

ブーゲンビリアの咲く廃墟の庭園に、風が吹いた。空は一際翳り、胸の内に忍ばせた涙を滲ますように、細雪が対峙する三者を包んで舞い踊った。

「他の誰かに殺されるくらいなら、君がいい。だが今じゃない」
「悪運尽きないジジイだ。念願叶う前におっ死なんよう精々祈るんだね」

庭園の奥に聳え建つ、崩れかけた廃墟の至るところから、武装した男たちが堰を切ったようになだれ込む。不具の”猟犬”は嘆息して上着の懐を探った。

「やれやれ、我々はハメられたらしいな。互いに互いの名を装って呼び出す手紙を書いたなら、疑いも無く釣られて出てくるだろう……と」
「私としたことが迂闊だったよ。ともかく、話はクズどもを片付けた後だ」

隻眼義手の”狂犬”が苦み走った顔で舌打ちし、上着の懐に手を伸ばした。

「敵襲!? こんなに大勢……一体どこの組織が!?」

壮年男の車椅子の後ろで、顔面蒼白の青年が上着の懐に手を差し入れる。

「狼狽えるな青二才。死ぬならカスなりに役に立ってから死にな!」

猟犬と青年は短機関銃を、狂犬は小型突撃銃を抜き、各々の銃床を展開して安全装置を弾いた。弾は既に装填済みで、後は引き金を引くだけだった。

「「「「「殺せーッ!」」」」」

殺到する男たち。交錯する銃声。三人は互いの死角を庇い合い、迎え撃つ。
細雪が銃弾の衝撃波に揺らぎ、石柱が穿たれ、木々が貫かれ花弁が散る。
赤、白、紫、橙と極彩色に咲き乱れるブーゲンビリアの園が、朱に染まる。

――――――――――

どこをどう走り、何度引き金を弾いて、どれだけ敵を殺したかも分からぬ。
死の静寂に静まり返った廃墟を、青年は弾切れの銃を手に彷徨っていた。

「死……ねぇッ、ぐぼッ!?」

血を吐いて地を掻いて、死力を奮い立たせ銃を構えた死に損ないが、右目にナイフの柄を突き立たせて絶命する。青年は敵を睨み据え、片手を伸ばして残心に両肩を慄かせ、やがて白い息を吐いた。空はなお暗く、雪は濃い。

「先生……先生。せんせぇいッ!」

青年は銃創の痛みも忘れ、なりふり構わず大声で呼ばわり、駆けた。雪風に目を細め、戦闘で荒れ果てた廃墟の片隅に、二人を認めて足が止まる。

横倒しになった車椅子。俯せに倒れた不具の猟犬と、彼を守るように上から覆い被さり、俯せで動かない隻眼義手の狂犬。牡丹雪が薄っすらと、二人の背中に降り積もり、この世から覆い隠さんとしていた。

「先生ッ!? 起きてください、先生! せんせぇいッ!」
「勝手に殺さないでくれ。ゲボッ、生きてるよ。どうにかね」
「せ、先生ッ!」

壮年女に覆い被さられたまま、壮年男が声をくぐもらせ、苦笑いするような口調で弱弱しく答えた。青年は銃を投げ出して二人に駆け寄り、凄惨な姿に双眸を細めて白い息を吐く。壮年女に伸ばした手は、弱弱しく退けられた。

「ガバッ。先生、先生。ピーピー喚くんじゃないよ全く、傷に響くだろ」
「た、立てますか?」

青年が戸惑いながらも壮年女に手を貸すと、固い義手が今度こそ青年の手を握り締めた。血の滲んだ手が青年の襟首を掴み、義手が青年の肩を捉える。

「立てるかだって? 誰に物言ってんだいクソガキ。年季が違うんだよ」

壮年女が青年の肩を借りて立ち上がり、憮然とした顔で壮年男を見下ろす。

「……無様だね、ジジイ。これが牙を失った”猟犬”の末路だ」
「グフフ。”狂犬”も、引導を渡す相手を助けるとは、焼きが回ったか」
「それだけ無駄口叩けるようなら、まだ当分死にゃしなそうさね。クソが」
「あの……痛み止めが必要なら、ここに……あッ!」

青年の差し出したペン型注射器が、壮年女に叩き落とされ、雪に覆われた。

「痛み止めだと? そんなもん終末医療のジジババ共にでもくれてやれ」
「お楽しみのところ失礼。もし良かったら、起こしてくれると助かる」
「もし良かったら? 助けてほしけりゃ土下座してでも頼みな」
「あなたたち、仲が良いのか悪いのか訳が分かりませんよ」

青年は壮年女を肩で支えながら、器用に車椅子を引き起こしつつ呟く。

「そういうものなんだ、自分たちは」

壮年女を車椅子に下ろして、青年が助け起こし様に、壮年男は片目を瞑って含み笑いで告げた。壮年女が傷に呻いて曇天を仰ぐと、牡丹雪がしんしんと降り注いで眼鏡を白い斑に染めた。顔を戻すと、猟犬の微笑があった。

「私の”愛車”から見る景色はどうだね」
「気に入らないね。こんな物に座って最後を迎える人間の気が知れないよ」
「なら、その場所を私に譲ってもらうとしよう」
「本当に口の減らない男……」

壮年女は生身の手と義手で車椅子の肘掛けを突っ張り、立ち上がろうとして腰砕けになって、壮年男にもたれかかった。二人の全体重が加わった青年は目を白黒させ、機関車のように白い息を吐いて必死に踏ん張りる。

猟犬は効かぬ脚で地に震い立ち、狂犬を片腕で抱いた。廃墟の園に密やかな静寂が訪れ、さらさらと流れる牡丹雪がブーゲンビリアの花を白く染めた。

「また十二年後に会うまで、どうやって時間を潰そうかな」
「どうやら……その必要は無さそうだ」


【ブーゲンビリアの咲く頃に 終わり】

From: slaughtercult
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