「あの頃の空気」「あの頃の風」の中に弾けてゆく~籾井優里奈の土曜パームトーン劇場 2020/1/11

青春はこわれもの 愛しても傷つき

青春は忘れもの 過ぎてから気がつく

岩崎宏美の歌う「思秋期」の一節である。作詞は阿久悠だ。

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青春の頃を遠く過ぎて、ふと現在(いま)に気づいた大人が、

「どこかに甘酸っぱい思い出を忘れて来てやしないか」と、

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振り返ってしまうその時、心は「あの頃の風」「あの頃の空気」「あの頃の純粋さ」で満たされることを望んでいるに違いない。

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ノスタルジーのひと言で形容するだけでは余りに足りないほど、昭和後期の青春時代のピュアネスを呼び覚ましてくれる…

そんな特別な魅力溢れる歌姫、籾井優里奈。

人呼んで「平成のひまわり娘」。

昭和後期の青春時代、と謳いつつもその明るいキャラクターで平成時代を彩ってくれた故の「平成の」である。

なんと元祖「ひまわり娘」伊藤咲子ご本人から直々に看板の継承をお許し頂きそのまま異名になったという。これは驚くべきエピソードなのだ。

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フランシス・レイの「白い恋人たち」のSEがイベントスペース・パームトーンの空間を包む。「まもなく登場」の合図だ。

冬らしいニットとロングスカート姿で現れた優里奈。今日の衣装とヘアスタイルの優しいイメージのトーンは、昭和のアイドルで例えるなら大場久美子あたりに非常に近いと感じた。

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「青い風と白い空」、優里奈を象徴するような爽快感に満ちたナンバーでスタートした。伸びやかなロングトーンと指先の向こうに初夏の青空の情景が浮かぶようだ。

続いて「生意気ファニーボーイ」。優里奈のナンバーの中でもトップクラスの愛らしさで、その魅力を炸裂させる。ヤキモキするデートのワンシーンがコミカルかつキュートに演出されてゆく。

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MCで恒例の挨拶。この2020年のお正月を家族でゆっくり過ごしたという優里奈。ほんわかしたムードで観客を和ませる。

この雰囲気そのままの「ほわほわのうた」が始まる。NHK「みんなのうた」で流れていても違和感の無いような、小さな子どもから大人まで心癒されるお風呂がテーマの曲である。

その「お風呂がテーマの曲」はもう1つ存在する。続いたのがこの「帰り道は星空」。シチュエーションは町の銭湯。父親との温かな情景に、優里奈の大好きな花でもあるひまわりが佇む。切ないサビにかけて詞の想像が膨らんでゆくと涙するかも知れない。とても愛情に満ち溢れたナンバーである。星空のような照明に伸びやかな優里奈の歌声が澄んで響いた。

そして「カラフル」は優里奈本人による作詞、BBガールズ・カナによる作曲編曲という特別なコラボナンバーである。優里奈の純真さそのものを詰め込んだような歌詞を、ステージの上手下手にピョンと駆け寄って愛らしく届けてゆく。

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すっかり癒しの空気に包まれていると「ときめきドリームパレット」で急加速。デイリーファッションの「パレット」のCM・テーマソングでもあるこの曲はアップテンポに加え、優里奈のキレのあるダイナミックなアクションが特徴だ。印象的なベル音で最後はおしゃまにスカートを広げるポーズ。

「日々前進していく中で、いつも当たり前のようにあった場所や人も何時無くなる(亡くなる)かもしれない、だからそういう所を大切に、気づけて行けたら」

普段思っている気持ちを観客に素直に伝えながら、ギター1本での生演奏コーナーへ導入してゆく優里奈。ここでのギター演奏はプロデューサーで優里奈の楽曲をほぼ全曲創り上げている、冴沢鍾己だ。

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「2曲、誰の何の曲をカヴァーするのか?」が優里奈のワンマンライブの毎回の楽しみとなっている。但し今回、1曲目は特例だったようだ。

その1曲目は同じパームトーン所属アーティスト・伊藤直輝の「愛言葉」。「この曲が特に最近お気に入り」と口にしていた優里奈。真っすぐな情熱が感情豊かに歌声に乗せられて「優里奈の愛言葉」に成っていた。「Hello」の印象的なキーワード=愛言葉。

2曲目は筆者が個人的に世代のど真ん中、原作・高橋留美子「めぞん一刻」のアニメOPテーマで、原作・楽曲共に大ファンであった斉藤由貴の「悲しみよこんにちは」。先ほどのMCでの優里奈の言葉、そして「悲しみが来ても 友達迎えるように微笑(わら)うわ きっと約束よ」の健気なメッセージと爽快なメロディがとても心に響く、シンプルながら余りにも素晴らしいカヴァーだった。

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「今年は新曲が出る、かも!」と新譜の予告。ほぼ確定的なようでファンの期待が高まる。現時点の最新シングルである「トパーズの未来」へ。夢を追って遠い国へ旅立った彼と離れ離れになっても心を通い合わせる女性のドラマを描いた、非常に美しいバラードだ。海の向こうにまで届きそうな優里奈の歌声はどこまでも伸びやかに、遠い瞳は水平線を見つめているかのようだ。

歌い終わって一旦退場する優里奈。前半と後半を分け隔てるこの時間を筆者は「お色直しタイム」と呼んでいるがこのタイミングが昨年末から変化している。中盤に必ず訪れるライブの「転」の場面は後半からという事になるようだ。民族的な音楽と回る照明がステージの感覚をリセットしてゆく。

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突然鳴り響く柱時計の音。哀しみを湛えたアコーディオンが奏でられる。純白のドレスで再登場した優里奈はこの物語に登場する「少女人形」のようだ。そしてステージ中央でしゃがみ込む。始まった「窓辺のゼンマイ時計」は異彩を放つ存在の楽曲である。「碧の瞳の人形の姿に、まるで幼気な少女が幽閉されている様子を重ねる」など解釈は様々だが、このファンタジックな世界に落ちてゆくヒロインをたおやかに演じる優里奈。きれいな月に心を開いたのも束の間、再びしゃがみ込み、暗闇に沈められてゆく。

「転」はこれだけで終わらない。続くは「かりそめのジュヴナイル」。再び急激に世界線が変わり、荒涼とした霧雨の中、少年が心惹かれる少女を探し求め彷徨う、叙情的であり叙景的でもあるドラマの曲だが…この「少年」は遥か昔の自分の姿で、「君」も遠い思い出のような存在なのだろう。そんな「あの日の少年」に憑依して振り向き、眼光を変化させる優里奈。もう届かない、激しくも悲しい感情が張り裂けるような壮絶なロングトーンは、地平の彼方に響くと共に観る者の心を貫き通すような、恐ろしいまでの威力に満ちていた。

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ライブ序盤の癒しの雰囲気から急激にドラマが展開され、まだまだポップな楽曲をセットに残す中で圧倒的に空気の転換が難しい場面になっていた。が、「優里奈演じるオムニバスな世界からの、なだらかな帰還」は続くこの一曲にしか成し得ないと思っていた。「夕陽色の涙」である。純粋な少女の失恋を歌ったこの曲は優里奈の歌唱力もさる事ながら、ソングライター冴沢鍾己の手腕による圧倒的な完成度を誇っている。甘酸っぱくも切ないドラマの展開、曲構成、キラキラと滲む情景、タイトルネームの選定においてまで、一切の隙が無いナンバーである。哀しくも爽やかに青春のワンシーンが優里奈の歌で再現され、元の世界線にステージが帰ってゆく。

「冬の衣装が欲しくて買ったら外国製だったのでぶかぶかだった」と微笑ましいエピソードを語る優里奈。衣装チェンジが不可能なのでその「お色直しタイム」のない平日夜のライト版ワンマンライブ「火曜パームトーン劇場」でのお披露目となるらしい(この3日後、その様子を拝めた)。

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「カナリア」へと曲は続く。また少し世界の違う、歌姫を夢見る若い女性とその夢を故郷で見守る男性の切ない恋物語の一曲だ。フォーキーにもジャジーにも聴こえたりする、個性光るナンバーを歌い上げながら優里奈は間奏で束の間、ドラマに沿った演出でダンスを披露してくれていた。

そしてこの「カナリア」のアンサーソング的な位置づけでもあり、冒頭に引用した「思秋期」のメジャー・インスパイアとも呼べる美しいバラード曲、「青春譜」。「お願い 離れてる時も 噂など 気にしないでいて」と、「カナリア」で些か感じた陰の一節を優しく拭うメッセージに、どこまでも心が解けてゆく。優里奈の伸びやかな歌声と優しい表情。「誰にも見せずに」いるはずの涙顔は、客席で観ている筆者は包み隠す事が出来ないという裏腹も。澄んだ青空のように心が浄化されてゆくひとときだった。

まっさらな心に続けて飛び込んで来たのは、たまらなく甘酸っぱい青春ソング「君のいる放課後」。一瞬で「あの頃の」学園風景に帰ってゆくかのようだ。曲中の「チャチャッ」という合いの手の拍手すらも「あの頃の空気」「あの頃の風」の中に弾けてゆく。ラストには「放課後、好きだった子が『また明日ね』と振り返ってくれたら…」そんな堪らない演出が待っているのだ。

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「甘やかな微熱」が始まる。2019年に発売されたファーストアルバム「空色日記」には未収録だが、「微熱」と呼ぶには余りに情熱的な印象の「苦しいほどの愛」を歌っている。この愛情の熱量のようなものが甘酸っぱい楽曲たちとの共存を拒んだのかも知れない。

続くのは「DOKI♪DOKI♪イロドリタウン」。つながるイベントガイド「イロドリ」のテーマソングでもある同曲はどこまでもポップでキラキラと輝いている。「空色日記」の1曲目にも収録されていて「=籾井優里奈のイメージ」を位置づけるのに相応しい明快さが魅力のナンバーだ。

ラストナンバーには「青春のゴールドラッシュ」が待っていた。優里奈本人も自身のグッズ「YURINAタオル」を振り回して体育祭かはたまた大規模野外フェスかのように、汗をかいて観客全員で盛り上がるお楽しみのナンバーだ。「ウォウ ウォウ ウォウ」など様々なコールに加え「ユーリーナー!!」と昭和アイドルの法被の親衛隊のような掛け声も、昨年から定着し始めた。ちなみにこの曲のみ作曲が伊藤直輝である。タオルを投げ上げ曲が終わった後も、当然のようにアンコールの拍手は鳴り止まない。

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「夢を見るかも知れない」で再登場してくれた優里奈。中盤で挙げた「カナリア」もそうだが、この曲も冴沢鍾己率いる「TIME FOR LOVE」のカヴァーナンバーで、代表曲でもある。夢を追い続ける全ての者の背中を押してくれるような、希望に満ち溢れた歌詞に勇気づけられる。「新年だからいっぱい回っちゃった」と間奏で、クルクルと回転してくれる最高のオマケ付きだ。

最後の曲は優里奈のメジャーデビュー曲「天気雨にウインクを」。松田聖子をインスパイアして、疾走感をプラスしたような秀逸なアレンジメント光るナンバーである。松田聖子ファンの読者の皆さんは「理想のアイドル像」として信望されていると思う。アクション一つを取っても両肘を曲げて「W」の形にしてしまうような「あの感じ」。優里奈の類い稀なセンスと如月凛による振り付けによって、ふんだんにそのオマージュが施されているのだ。最後は全員で伸びやかなサビのフレーズを大合唱して爽快に、2020年最初の土曜パームトーン劇場は幕を下ろした。

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もしこの日、初見の観客が来場していても「籾井優里奈の魅力の全てが、今感じた全てなのだ」と印象付けられるような、素晴らしい今年最初のワンマンライブに映った。「悲しみよこんにちは」のハートフルなカヴァーに加え、魅力溢れる楽曲たちが構成を新たに、さらなる愛情をもってドラマチックに届けられたステージだと感じられた。

「(新しい事がどんどん繋がっていけばいいなと思う中で)コツコツと積み重ねて頑張ります、ワンマンライブを大切にして行きます」

新年最初の優里奈の言葉に「浮つかない、地に足の着いた姿勢」が見て取れた。2020年、新曲の発表も含め、活動の幅も広がりファンの期待も広がってゆく中で「平成のひまわり娘」は変わらずこのパームトーンのステージに、一層鮮やかに咲き続けてくれるだろう。

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