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凡庸な人は誰でも極悪非道になれる―日大アメフト事件と2つの心理実験

アメリカンフットボールの日本大と関西学院大の定期戦(6日、東京)で日大の守備選手が関学大の選手に悪質なタックルをして負傷させた問題で、タックルをした宮川泰介選手が22日、日本記者クラブで記者会見に臨んだ。

タックルは「監督の指示」 反則のアメフト日大選手:朝日新聞デジタル

この事件(以下、日大アメフト事件)について、既にご存じの方も多いので詳細は各マスメディア・ニュースサイトに譲ります。

しかし、ここで話すのは、真相解明や責任追及ではありません。むしろ、私とあなたの話です。

「私も(あなたも)、例の日大アメフト部の中にいれば、今回悪質なタックルをした彼のように振舞ってしまうだろう」

……このような話をしていきます。つまり、ある状況下におかれた人なら、どんなに凡庸な人でも極悪非道になれるという、人間心理の仕組みについてです。

まず、2つの心理実験について紹介します。

スタンフォード監獄実験

1971年8月14日に2週間の予定で始まり、結果的には8月20日に中止された、スタンフォード監獄実験という悪名高い心理実験があります。

実験が始まってほんのわずかの時間しか経たないうちに,ただ「たまたま」その役割を与えられただけの参加者たちが,囚人は囚人らしく被虐的に,看守は看守らしく加虐的に変容を遂げていく

NHK「フランケンシュタインの誘惑:人が悪魔に変わる時 史上最悪の心理学実験」関連情報 | 日本社会心理学会 広報委員会

重要なのは、「囚人役」と「看守役」に分けられた理由が、たまたまであることです。
大きく違うのは、施設・服装・権限(看守のみが使える部屋など)などの状況です。

参加者に元々備わっていたはずの人格が、ほとんど実験に影響を与えない(そのように実験がデザインされている)のです。

ここで重要なのは、「状況の力」という概念です。

人の行動,あるいは人格に影響を及ぼすのは,個人の内的な気質ではなく,むしろどういう場(例えば,監獄)に置かれ,どういう役割(例えば,看守か囚人)を与えられ,どのような人々(例えば,他の実験参加者)が周囲にいるかどうかという「状況」であるという考え方です.

NHK「フランケンシュタインの誘惑:人が悪魔に変わる時 史上最悪の心理学実験」関連情報 | 日本社会心理学会 広報委員会

なお、この映画は過去に何度か映画化されています。最近の作では『プリズン・エクスペリメント』があるようです。

(YouTube: 世界一悪名高い心理実験を映画化!『プリズン・エクスペリメント』予告編)

ミルグラム実験(別名・アイヒマン実験)

スタンフォード監獄実験と並んでよく紹介されるのが、ミルグラム実験です。別名「アイヒマン実験」とも言われます。

(アイヒマンについて)

アイヒマンは、かつてナチスの権威の下で徹底した服従を示し、結果としてホロコーストで数百万人ものユダヤ人を殺戮した責任者、アドルフ・アイヒマン(Wikipedia) のことです。

アイヒマンについて特筆すべきことは、元々は凡庸な人間であったことです。

かつてナチスの組織下で、数百万人ものユダヤ人を虐殺したホロコーストの責任者アイヒマンでさえ、その人物像は、学歴にコンプレックスをもつ、ごくありふれた小役人的な凡人だったといわれている。
彼は無責任にも、下された命令が誰の生命を奪うかなど考えもせず、無抵抗に命令に従い、忠実に遂行することだけに腐心した。極めて凡庸な男だったのだ。

権威者の指示なら、「9割」の人々が電気ショックのボタンを押し続ける:現代版「ミルグラムの実験」で明らかに|WIRED.jp

(ミルグラム実験とは)

このアイヒマンの心理を探るべく、1963年にミルグラム実験(アイヒマン実験)が行われます。

彼らはクジで教師役と生徒役に分けられ、学習における罰の効果を見るための実験だと説明された。配役はクジで決定されるといっても、実際は被験者が必ず教師役になるように仕掛けられており、生徒役となるのは実験協力者である。ここで試されるのは、閉鎖的な状況で、権威者の指示で執行を促されたとき、人はどこまで服従し、他人に電気ショックを与えられるのかという実験だ。

ここで教師役となった被験者は、最小電圧15Vから最大450Vまでの電気ショックを与える30個のボタンの前に座らされ、別の部屋にいる生徒に単語の問題を出す。役者である生徒は“台本通り”わざと間違え、15Vずつ電圧が上がるスイッチを教師役に押させていく。電圧が高くなってくると、あらかじめ録音されていた、とても演技とは思えない生徒の絶叫が響き渡る(実際には電気ショックは与えられていない)。ここで被験者が躊躇すると、白衣を着た男が「続行して下さい」と実験を促す──。

この実験で被験者が最後までボタンを押す確率は、65パーセントに達した。1974年以降、ミルグラムはボタンの数を30個から10個に減らして実験を続けたが、結果は85パーセントにまで上昇した。

権威者の指示なら、「9割」の人々が電気ショックのボタンを押し続ける:現代版「ミルグラムの実験」で明らかに|WIRED.jp

その後、2017年にもポーランドにて再実験が行われ、「90パーセントの被験者たちが、権威の下で電気ショックのボタンを最後まで押し続けた」という結果として再現します。
スタンフォード監獄実験と同じく、元々との人格ではなく「状況の力」で悲劇を生むことを立証した(そして同じく悪名高い)実験です。

ミルグラム実験も映画化されており、『アイヒマンの後継者 ミルグラム博士の恐るべき告発』があります。

(YouTube: 「アイヒマンの後継者 ミルグラム博士の恐るべき告発」予告)

2つの実験から言えること:誰もがアイヒマンになりうるし、日大アメフト部の一員になりうる

話を戻します。

私も(そしてあなたも)、「状況」が揃えば、いつでも極悪非道なアイヒマンになれるのです。

半世紀もの年月がもたらした社会の進展を経てもなお、社会的動物である人間に深く根ざす本能的な“何か”が、われわれを権威者の言いなりにさせるのだろうか。
9割の人が服従を示した以上、われわれの誰もがアイヒマンになる可能性を秘めているといえる。しかしそれゆえに、人々が正義に憧れてやまないひとつの理由のようなものが浮かび上がってくる。

権威者の指示なら、「9割」の人々が電気ショックのボタンを押し続ける:現代版「ミルグラムの実験」で明らかに|WIRED.jp

一方、日大アメフト事件。

きっと私も(そしてあなたも)、日大アメフト部の中で毎日を過ごすだけで、「悪質なタックル」をしてしまう人間になっていたのではないでしょうか。

言い換えれば、敵の正体は「特定のヒト」(監督・日大経営陣)だけではなく、「状況」(環境、組織の構造と文化)にあるのでは……私はそう考えます。

ただし、会見に出た彼は違います。なぜなら、その「状況」から自ら抜け出したからです。

どうにかして「状況」を感じ取り、自分の心に嘘をつかず記録し、可能な行動を取る。
それが「状況」から抜け出す手段となったのではないか……少なくとも私は、自身の経験からそのように推測します。

人間の心は、案外弱いものです。「自分は強い」と思っている人や「自分は普通」と思っている人ほど、その弱さにつけ込まれるものです。

他人事ではありません。まずは「自分の心に嘘をつかない」ということを、胸に刻むべきではないでしょうか。

藤原 惟

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